【愛知県】通信制高校の教師として“人間教育”に燃える、大津和範さん(平成12年度3次隊/モンゴル/バレーボール)[2010年11月15日掲載]

通信制高校の教師になって3年目。大津和範さん(平成12年度3次隊/モンゴル/バレーボール)の担当教科は日本史と倫理。生徒40名の担任も務める。担当教科はもちろん、生徒指導などを通して叱ったり、励ましたり。生徒が少しでも夢に近づけるよう、彼らが変わっていく姿がなによりのやりがいだ。

通信制 “サポート校” の教師

「難しい年頃の生徒達のことを考えていると、自分が同い年だった頃を考えても違う部分がある。近づきすぎても、離れすぎても反発や諦めを感じる時がある」

教師という仕事の素晴らしさとやりがい、同時に、難しさや大変さを感じている。
一見、よくある熱血指導の先生といった感もあるが、大津さんが勤務している学校は、全日制高校や商業高校ではなく、通信制高等学校の“サポート校”と言われるところ。様々な事情を抱える生徒達を受け入れ、スクールカウンセリング等を実施しながら、高校の卒業資格を取得できるよう指導していく教育施設である。

“フリースクール”といった施設も知られているが、通信制サポート校は、通信制高校に在籍する生徒が、高校を3年間で確実に卒業し高卒資格を取得できるように、学習面や生活面でのサポートをしていく民間の教育機関である。通信制高校に同時入学し、通信制のカリキュラムにそって、授業をすすめていく。現在サポート校は、全国で200校を超えると言われている。

すべての環境が日本と異なるモンゴルで、大津さんのバレーボール指導は始まった。冬はマイナス30度を下回り、息も凍りつく。同じモンゴロイド系の人種同士だけれども、日本人とは国民性も考え方も全然違う。言葉の問題で、文字通りぶつかり合いながらの指導となったが、分かり合えているかどうかも分からない。そんな中、大津さんに人間教育について考えさせられる出来事が起こった。

モンゴルの高校生チームの選手たち 大津さんの指導するチームが、モンゴル国内の大きな大会に参加した際、残念ながら結果を出すことが出来ず、大津さんは周囲から「日本人コーチは何をしに来たんだ」と批判を浴びた。その夜、さすがの大津さんも自棄酒を飲んで、ふらりと体育館に立ち寄った。すると、生徒達が深夜にもかかわらず、自主練習をやっていたという。

お互いの気持ちが分かり合えていないと思い込んでいたが、いつの間にか自分の熱意が生徒達に伝わり、彼らが自分で考え、行動に移してくれた事が本当にうれしかった。

このとき、教育とは勉強やスポーツだけを教えるのではなく、自分の熱意が伝わり、人が変わって行く“人間教育”というものに興味を覚えた出来事となった。

多様化社会での教育

帰国後、大津さんは国際協力団体に就職したが、教育への熱意は冷めず、仕事をしながら教員免許を取得し、現職のサポート校へ転職した。過去の自分、協力隊での経験が、敢えてサポート校という教育機関を選んだ大きな要因となった。

「就職試験の面接では、学生時代の自分も踏まえて、『変わろうと思えば変われる』ことを生徒に伝えたい、という自分の熱意が伝わったのだと思う」

これまでは画一的であった日本の教育であったが、現在では多様化が進んでいる。様々な選択肢がある中で、好きなスポーツに打ち込みながら高校卒業を目指すために、敢えてサポート校を選択してくる生徒等もいる。そうした価値観の中で、教育の質もそれぞれ変わってきているが、それでも、教育とは「人を育てる」ことに変わりはない。

「いつになるか分からないけど、教育を受けたくても受けられない子供のいる途上国で学校を作って、勉強もスポーツも教えながら、本当の豊かさについて子供たちに伝えたい」

現在世界には約7,700万人の子供が、貧困や児童労働などの問題で小学校教育を全く受けていないと言われている。生徒がいる限り今の職業を続けて行きたいという大津さんだが、

「協力隊に参加して、未知なものを知ることに怖れなくなった。むしろ、新しいチャレンジが楽しくなった」

一風変わったキャリアの先生が、世界に羽ばたく日が楽しみだ。

 

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