【静岡県浜松市】 家庭保育園『マミー』を運営する、鈴木美千代さん(平成5年度2次隊/ドミニカ共和国/幼稚園教諭)[2010年8月15日掲載]

静岡県浜松市に在住する鈴木美千代さん(平成5年度2次隊/ドミニカ共和国/幼稚園教諭)は、自宅の車庫を改築した保育室で家庭保育園『マミー』を運営している。

「家庭のような保育園」を目指す鈴木さん。マミーでは保育士のことを「先生」と呼ばせていない。子どもにとって一番必要なのは「お母さん」。保育士はお母さんの代わりなのだ、と鈴木さんは言う。マミーという名前には、「子ども達のお母さんの代わりになれたら」という鈴木さんの思いが詰まっている。

マミーに子どもを預けているお母さんたちは、マミーのことを「実家のような保育園」と言う。

鈴木さんのお父さんが保育室の前の畑で無農薬野菜を栽培し、それを使って鈴木さんが手作り給食を作る。お母さんはランチョンマットやエプロン、手布巾など、保育園で使うものの洗濯を担当していた。

お母さんが亡くなられた時は、一週間保育園を閉めなければならなかった。保育園を一時的であっても閉めるというのは、保護者の方々には大変な負担になり、苦情が出てしかるべきなのに、苦情は一件も出なかった。その時、鈴木さんは感謝の気持ちで一杯だった。

ドミニカ共和国 「この国は安泰・・」

鈴木さんが日本の保育に疑問を持ち始めたのは、協力隊員としてドミニカ共和国に赴任するよりも前のことだ。

日本の保育環境は忙しすぎ、子どもを行事やカリキュラムによって追い立ててしまっているのではないか。幼稚園教諭として幼稚園に勤めていた時、「カリキュラムをやらされている」目の輝きのない子どものたちの表情を見て、鈴木さんは「これでいいのだろうか」と釈然としない気持ちを抱えていた。

その後、協力隊員としてドミニカ共和国に赴任した。「日本での疑問に何かしら答えを見つけられるのではないか」と期待しながらの赴任だった。

任地では慈善福祉団体の経営する「子どもの家」の乳児部に配属され、150人もの乳幼児の保育環境を改善することに専念した。そこで見たのは、ゆったりとした時間を過ごしている任地の人々、また束縛されることなく、自由にキャーキャーと騒ぎながら遊ぶ子供たちの目の輝きだった。その子どもたちの表情を見て、その子たちの未来に対する力、その子たちの魂が生きているのを感じたという。

「この子たちは将来、自分を悲観して自殺したり、引きこもったりはしないだろう。この国は貧しいかもしれないが、この子たちがいる限り国は安泰だ、と思った」

ドミニカの子ども達のような目の輝きが、日本の子どもたちにないのは何故なんだろう。日本の子どもたちを、ドミニカで見た子どもたちの姿に近付けたい。鈴木さんはそういった想いを抱えて帰国した。

『マミー』の立ち上げ

帰国後、鈴木さんは再び日本の保育現場に戻る。そこで、日本の保育への疑問を再び感じることになった。

泣いている子どもがいても、忙しさのあまり抱いてやることもできない。抱いてしまうと手がふさがってしまい、他の仕事ができなくなる。一人をおんぶして、両手に二人を抱き、それでも足元で泣いて転がっている子どもがいる。救ってあげられない子どもを横目に、「抱いている暇なんてない。放っておくしかないでしょ。」と言う同僚の姿に疑問を持った。

子どもは色々な想いを抱えて登園してくる。また、どうして自分が保育園に預けられいるのか、子どもにはわからない。その想いを受け止めず、子どもの辛い心情を放っておいて、それが積もれば、子どもにとって心の傷になる。泣いている子どもを抱いて、子どもの気持ちを穏やかに持っていくのが保育のあるべき姿なのではないか。子どもに絵を何枚描かせたとか、事務を早くやることが保育ではないと強く思う。

「子どもがお母さんではない他人の手の中でも、自由に自分を出して一日一日を楽しく過ごせ、ひとり一人満足できる保育をしたい」

そういった想いから、鈴木さんはマミーを立ち上げたのだった。

子どもとお母さんに寄り添い、サポートする保育士

始めた当初は2~4人を預かるところからスタートしたマミー。今は10人までの定員で預かり、4人の職員で運営している。

マミーでは保育目標を「今日一日子どもたちがいかに楽しく眼を輝かせて過ごせたか」に置いている。

子どもが中心となって、生き生きと生きてくる場を作る、保育士は子どもたちの後ろに回るべき、サポートでいい。時間を追い立てるのではなく、遊べる場を仕向ける。泣いて抱っこしてほしそうだったら抱っこしてあげる。子どもを1人でも預かっている時間は、事務仕事などは一切しないで、全身で保育に専念することにしている。

「今日はうちの子どのように過ごしてましたか?」そう聞かれる保護者の方には、「ぜひお子さんに聞いてみてください」と言っている。子どもが「楽しかった、またマミーに行きたい。次はいつ行けるの?」と言ってくれたら、それが私達の保育の答え。その日一日の保育は成功だ。

鈴木さん自身も3人ものお子さんを産み、育てているお母さんだ。自分が母親になってからは、預かっている子どもの後ろに保護者を感じている。「この子のことも『かけがえのない存在』と思っている保護者がいるんだ」と感じ、その保護者の方々の想いを考えると、預かっている子ども全員が自分の子どものように思える。

「自分の子に犯罪者になってほしい、と思っている親なんているわけなく、どの親も『子どもに前を向いて力強く生きていってほしい』と願っている。でもその方法がわからない保護者が多い」

鈴木さんは子ども達だけでなく、その保護者へのサポートも大切だと言う。保護者の方の悩みを聞いて、自分自身の子育てからの智恵やアドバイスを伝えることで、「誰もが通った道なんだ」と保護者の方に安心し、納得してもらう。そんな鈴木さんの元へは、卒園者の保護者からの連絡も絶えない。「子どもがマミーを懐かしがり、また行きたいと言ってる」と聞くと、本当に嬉しい。
人生誰でも、生きていれば前向きでばかりはいられない。後ろを向きたくなってしまう時もある。それでも、また「前を向こう」と思える原動力は何か。「楽しかった」ことを思い出すこと。そのためには幼児期に自由に遊んで楽しい思いをたくさんしないといけない、彼らの時間を拘束しすぎないでほしい、と鈴木さんは言う。

親はいつか先にいなくなってしまう。子どもたちには、自分で前を向き、自分の足で力強く地面を踏んで歩いていってほしい。

「人生の道は何本もあり、幅も広く、細い道も太い道もまっすぐな道も曲った道もある。でもどの道を通っても(反社会的な道でなければ)正解。人生って生きてれば結構楽しいな、と子どもに思ってもらいたい。そのために、幼児期に『楽しい』経験をたくさんしてほしい。後ろを向いてしまっても、また前を向けるように。荒波の中でひっくり返ってもまた起き上がり帆を張って大海原へ漕いでいけますように・・・」

 

「帰国隊員の活動紹介」一覧に戻る

自治体・地域の方

  • 企画調査員(ボランティア事業)を目指す方へ
  • おきなわ世界塾
  • 協力隊ナビ~協力隊経験者と語ろう~
  • マラウイ農民自立支援プロジェクト
  • 外務省主催 NGO インターン・プログラム制度
  • 熊本地震 被災地への支援
  • 青年海外協力隊講座
  • 協力隊OB・OG会情報
  • 青年海外協力隊事業創設50周年記念 映画製作『クロスロード』
  • 協力隊ボイス フェイスブック

ページの先頭に戻る