【富山県立山町】シリーズ特集『地域おこし協力隊』になった、小島路生さん(平成11年度2次隊/グアテマラ/プログラムオフィサー)[2010年5月1日掲載]

田舎暮らしや地域活性化への貢献を希望する都市住民が、報酬付きで地方農村部の過疎地域へ移り住み、その担い手として活動する「地域おこし協力隊」。この制度は青年海外協力隊をモデルに2009年度より総務省の事業として開始され、全国32自治体が隊員の受入れに取り組んでいる。

地域おこし協力隊として、青年海外協力隊経験者が活躍している。富山県立山町に赴任した小島路生さん(平成11年2次隊/グアテマラ/プログラムオフィサー)に、途上国での経験を日本の地域活性化にどのように活かしているのか、地域おこし協力隊参加に至る経緯や実際の活動について話を聞いた。

「いや~よく来てくれたもんじゃな~」


画立山町の風景

千葉県在住であった小島さんは、2010年4月より、富山県立山町に地域おこし協力隊として移住した。赴任したのは、美しい里山と水田の風景がひろがる新瀬戸地区。

立山町は県内初の受入れ自治体。地区の住民にとっても県外移住者は初めてのこと。「いや~、よく来てくれたもんじゃな~」と、遠い千葉から遥々やってきた小島さんに、えらく感心した様子だったという。「地域おこし協力隊」として都市部から移り住んだ話題性に、地元メディアの取材が相次ぎ、「千葉県から立山に助っ人」という大見出しの新聞記事も出た。

国際協力から国内協力へ転身

小島さんは東京生まれ横浜育ちで現在35歳。妻と4歳の愛娘を持つ一家のパパ。学生時代、阪神大震災時とフィリピンでのボランティアをしたことがきっかけで、以後約10年、発展途上国の支援の業務を各国で行う。

1999年~ 青年海外協力隊にグアテマラへプログラムオフィサーとして教育支援
2002年~ JICA ジュニア専門員 教育開発
2003年~ JICA専門家 ホンジュラス 感染症対策(シャーガス病対策)
2007年~ UNICEF(国連児童基金) インドネシア 教育担当官 
2009年~ 年末に帰国、千葉県に移り住む
2010年~ 4月に「地域おこし協力隊」として富山県立山町に移住

途上国での仕事をし続けるなかで、いろいろな国で自国のために働く多くの人に出会った。そのなかで、自分も、自分の生まれた日本という国で、国際協力の経験を生かして働いてみたいと思うようになる。

2008年1月の一時帰国のとき、偶然にテレビで放映されていた番組で、都市住民を農村の活性化のために派遣する「集落支援員」制度を知る。(その制度が、後の「地域おこし協力隊」制度の創設へとつながっていく)
その番組では、都市の若者が現地住民とともに、過疎集落の支援や地域活動の維持のために汗を流していた。

「これは国際協力でやったことと全く同じじゃないか」

この10年の国際協力での経験を日本で活かせることを確信し、在外先のインドネシアから地域おこしの情報を集め、「地域おこし協力隊」制度の存在を知った。ユニセフの仕事を継続する誘いも受けたが、「地域おこし協力隊」に応募することを選択し、家族とともに帰国した。

ここが同じ~ゼロからの活動~


配布する「立山こころビレッジ」

地域おこし協力隊は最大3年間。人口減少や高齢化が著しい地域・地区に住みながら、農林水産業の応援、住民の生活支援など、地域の力を維持するために各種協力活動を行う(総務省HP抜粋)。だが具体的な活動は隊員自らが住民のニーズを基に作りあげ実行する。それまでに先ずすべきことは、「自分を知ってもらうこと」と「町の一員として受け入れてもらうこと」。正に青年海外協力隊員の一人一人が行ってきたことと同じだ。

赴任後間もない小島さんは、当初から地区の住民の寄合いに顔を出し、存在をアピールする。

現在も地区すべての220世帯に「立山こころビレッジ」と題した自作の地域おこし協力隊通信を配り歩いている。そこには小島さんの経歴や「なぜここに来たのか」、「何を計画しているのか」が書かれている。こうした住民の理解を得るための地道な作業は、途上国の現場でもお馴染み。配布される地元高齢者の気持ちに配慮した、わかりやすく柔らかな文章説明はさすがである。

ここが違う~配属先・カウンターパート(職場のパートナー)~

「言わば、青年海外協力隊で村落開発普及員として派遣された場合に、特定の配属先がなく、住民全員がカウンターパート、というイメージですね」

青年海外協力隊では通常、赴任した国での職場にあたる「配属先」(○○県○○局など)がある。だが現在の小島さんの配属先は、立山町新瀬戸地区、つまり地区が丸ごと配属先となる。これに伴い配属先での活動パートナー(カウンターパート)も特定されておらず、自身の活動の仕方によって自分でパートナーを探す。まるで新天地で起業するときのビジネスパートナー探しのようだ。また、地域おこし協力隊の活動をスムーズにするためのお世話役となる「協力隊調整員」も現地には居なく、町役場の担当課が事務的な手続きを行う。自由度がある分、隊員自身の能力や頑張りがそのまま成果に直結するであろう。

活動環境の違い。当たり前だが一番違うのは、「ここは日本。同じ日本人同士」ということ。

「途上国では自分は外国人であったから容易に注目されたし、現地語で話すからこそ相手もフレンドリーに接してくれた。だがここは日本。この地区で暮らす人生の大先輩方が相手。伝統文化や地域のしきたり、農村社会の意思決定方法を尊重することが大前提です。」

地域によってしきたりも様々。物事を決める意思決定の仕組みや文化に配慮する。外部者である小島さんはそのしきたりを学び、場の空気も読む。地元文化を尊重する意識は10年の国際協力で身体中に染みついている。

活動はどう行うのか ~得意分野を活かしつつ、新しいことも~

赴任して掲げた活動は多岐に渡る。どのような「地域おこし」活動を計画するため、先ずは地区の方の年代的、男女別などの課題とニーズを知ることで組み立てていく。

「小学校の存続、地場産業ビジネス、町のPR、買い物や病院通いなどの生活支援・・・、住民の方のニーズや協力隊への期待は十人十色。これを自分の活動でどう応えていくかが難しい」

人口減少や高齢化が著しい町の実態を踏まえ、これらのニーズを自分の得意分野や経験で吸収しながら、以下の活動テーマを立てた。

  1. 移住・交流活動 (学校存続に向けて人口増加につながるよう都市と農村を結ぶ活動)
  2. 子供たちへの教育活動 (国際理解や自然環境など子供の視野を広げる活動)
  3. 高齢者との活動(高齢者の生活支援や健康向上活動)
  4. 特産品の開発・販売(女性グループとの「食」による地域おこし活動)
  5. 地域の魅力を伝える情報発信(里山の魅力をメディアで伝える活動)

任期は3年間。長年発展途上国で開発の難しさに身をもって経験しているがゆえに、これら活動がここ先進国の日本、立山町で本当にできるのか、うまく行くのかどうか不安もある。

「『国際協力をしてきた人は日本では使いものにならない』と思われないように、がんばりたい」

町の人々にとって小島さんは国際協力関係者の代表者と映っているかもしれない。自分に架するプレッシャーを原動力にしてほしいものだ。

協働の文化~着任4日目のデビュー~ 

「お~い、みちぶしんじゃ。行くぞ!」
スコップ片手に持った住民が一斉にトラックに乗りこんでいく。何のことやらわからないまま小島さんはついていった。
訊くと、「道普請(みちぶしん)」は、田んぼへ水を供給する用水路の清掃作業のことを言い、地区の男性が総出で行われる。着任4日目、引越しの片付けもろくにしないで、道普請デビューを果たした。

地区は稲作農家が多く、元来より水は命とされている。冬の雪の下で溜まっていたごみや枝木などを取り除き、水路の流れを良くする。地区の男性は若者から高齢者まで、可能なものは必ず参加する。都会では少なくなった協働の文化が、ここでは当たり前のように続いている。他には、古紙回収の協働作業も恒例で、リサイクルで得た収益を地元の小学校に還元するという活動も従来から行われている。

小島さんのこれからの活動も、「協働の文化=今あるもの」 を活かし発展させたいと考える。
だが一方では、「山間奥地になると若者どころか人口自体が少ないため、協働作業をしたくてもできない状況。「協働の文化=なくなってしまったもの」をどうするかが課題」

早くも「外からのひと」効果が・・・

地区内のある農家が、自分が生産したお米300キロを困っている人のために寄付したいとの相談を受けた。農家の方は当初、途上国へ送ること希望したが、米文化の違いなどから、小島さんは日本の都市部でこのお米を必要としている団体に寄付するほうが良いと提案した。農家の方の同意を得て受け入れ先を探したところ、出身地横浜にひきこもりの若者に職業訓練の機会を提供する団体「にこまる食堂」の存在を知る。直接代表に連絡してみたところ、「ぜひ提供していただきたい」とのことで提供先が決まった。今度は、輸送手段を交渉し、地元立山のミネラルウォーター会社「大観峯」の協力をとりつけ、横浜まで送付してもらえることになった。「にこまる食堂」とは、若者の農村体験や農家支援などの継続的な協力を計画している。

「外からのひと」の機転ひとつで、農村と都市をつなぐ効果が早速芽生え始めている。橋渡し役は青年海外協力隊の活動においては鉄則のひとつでもある。身体に染みついた行動力が発揮された場面だ。

この3年を足掛かりとして

「地域おこし」を職業として行いたかった小島さんは、当初からの構想をもって立山町にやってきた。

「将来的には地域おこしを事業として成り立たせるためNPOを立上げたい」

これからの活動を継続的なものにしていくためには、活動資金や人件費を自分たちで捻出していく必要があり、いかにして地域おこしを事業化するかが鍵を握る。

「この3年間の地域おこし協力隊の活動期間に、その基礎を作っていきたい」 
と意欲を語る。

現在は生活の立ち上げのため単身赴任だが、来月には妻と愛娘も移り住んでくる。自然豊かな土地での子育ては、都市部の親にとっては実現したい夢のひとつでもある。
ちなみに小島さんの奥様、裕子さんも青年海外協力隊のOG。平成10年度3次隊の村落開発普及員として、スリランカで活動後、小島さんと同じくJICAのジュニア専門員となる。その後、同じくホンジュラスにてJICAの参加型開発専門家として小規模女性起業支援プロジェクトに携わった。いわば、地域おこしの経験者。旦那にとっては良き御意見番といったところか。

「地域おこしについて私よりも経験豊かな妻は、『あなたはほんとに日本で地域おこしできるの?』と疑っています(笑)」

ともに国際協力を職業としてきた夫婦。そして国内協力に転身。いずれは二人で、立山町の地域おこしに貢献できればと夢が膨らむ。これから立山町の地域おこしについて家庭でも議論がつきないのだろうか。

関連リンク

地域おこし協力隊隊員ブログ 立山こころビレッジ(移住・交流推進機構のページ)

http://www.iju-join.jp/chiikiokoshi/blog/3996/?archive=20100422

 http://www.iju-join.jp/chiikiokoshi/blog/3996/?archive=20100418

地域おこし協力隊ホームページ(総務省)

http://www.iju-join.jp/chiikiokoshi/index.html

 

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