【愛知県春日井市】協力隊の経験を活かしてハイチで活躍 熊谷雄一さん(平成13年度2次隊/野菜/ブルキナファソ)[2010年5月1日掲載]

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NGOのメンバーとしてハイチ共和国で活動中に大地震に遭遇し、帰国後は日本各地で支援を求めて奔走する熊谷雄一 さん(平成13年度2次隊/野菜/ブルキナファソ)さん。国際協力の道を志したのは、中学生の頃。テレビでアフリカの子どもたちが飢餓に苦しむ映像を見て、「この状況は異常。こんなことが起こらないように自分が動かなくては」、と心に誓ったそうだ。

それから数年経ち、大学の農学部を卒業した熊谷さんが夢への第一歩を踏み出した先が、協力隊として赴任したブルキナファソだった。

何もない、ブルキナファソでの生活

現地で熊谷さんを待っていたのは、電気も水道もガスもない、「ないないづくし」の厳しい生活。

朝起きたら、まず井戸の水を汲むのが日課。はじめはガスがなかったから、調理をする際は薪で火をおこした。
過酷な生活が負担になったのか、原因不明の病気で寝込んだこともある。赴任前に勉強した公用語のフランス語を話す人がほとんどおらず、現地語をまた一から習った。

そうした厳しい環境を耐え抜き、2年後に帰国した時には、前から彼を知る人が口をそろえて「成長したね!」と驚くくらいたくましくなったそうだ。

「協力隊の経験により、自分はどこでも生きていけるという自信がついた」と、振り返る。

その後、名古屋市のNGO「ハイチの会」の現地プロジェクトリーダーとしてハイチに赴任し、半年間、農業や教育支援に関わった。同国との縁は続き、それから在ハイチ日本国大使館の専門調査員として3年間勤務。任期満了後はまた「ハイチの会」のメンバーとしてハイチに戻り、環境、農業、教育など複数のプロジェクトの調整に取り組む最中に、今回の地震に遭遇した。

トラックで移動中の出来事だったため幸いにも彼は無傷だったが、同僚の母親が亡くなったり、道端で白い布をかけられた何十もの遺体を目にしたりした。

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避難所生活を3晩経て、隣国ドミニカ共和国から日本に帰国。現在、カウンターパートの地元組織と連絡をとりながら被災者への緊急支援(テントや食料配布等)に取り組む一方で、支援を呼びかけるための講演会活動を全国各地で積極的に行っている。

2010年3月27日には、熊谷さんの地元である愛知県春日井市で報告を行った。報告会に参加した地元の方から、「地元にこんな素晴らしい青年がいたことを誇りに思う。これからも世界で活躍してほしい」とエールをもらい、また力が湧いてきたそうだ。

将来は水や農業の分野の専門家として経験を積み、国際社会において発言力のある人間になりたいという目標を持つ熊谷さん。今後の活躍を期待したい。

 

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