【岩手県】20年ぶりに戻ったふるさとで-被災した人々が自主的に活動できるよう支える、元持幸子さん(平成18年度3次隊/コスタリカ/理学療法士)[2012年4月2日掲載]

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AMDA大槌・健康サポートセンターで、地域の人々と語らう
元持さん(左)

東日本大震災発生後、国際医療NGOのAMDA(アムダ)の調整員として医療支援活動に加わったことがきっかけとなり、元持幸子(もともち・さちこ)さんは故郷の岩手県大槌町に戻って来た。

そして、昨年末に開設した「AMDA大槌・健康サポートセンター」を通じ、被災した人々の自主的な活動を通じ、その人らしい生活を送れるよう後押ししている。

海外ボランティア経験後、協力隊に参加

もともと国際協力に興味があった元持さんは、イギリスの障がい者施設でのボランティア活動や、内閣府の青年国際交流事業ミャンマー派遣事業への参加を経て、青年海外協力隊に参加した。

派遣されたコスタリカでは、JICAが地域密着型リハビリテーションを実践する、技術協力「ブルンカ地方における人間の安全保障を重視した地域総合リハビリテーションプロジェクト」で、理学療法士隊員として活動した。

ラテンの国でありながらも、誠実で真面目な人が多いコスタリカ。そこでの活動を通じ、元持さんは「前向きに生きる姿を学んだ」と話す。

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バリアフリーの様子を見ながら、みんなで町を歩く

帰国後は仙台にある福祉系専門学校で理学療法分野を教え、将来はまた途上国で活動したいと考えていた。

突然の電話から

東日本大震災が発生した時は、仙台の学校にいた。余震が続き、停電し、電話もつながらない中、生徒と共に不安な時を過ごした。電波状態を示すアンテナはたった1本――。家族や知人の安否を確認しようにも、携帯電話は繋がりにくい状況だった。その携帯電話に、知人のAMDA職員から「医師、看護師と共に、これから東北に支援に行く」と連絡が入った。

元持さんは、仙台でAMDAの医療チームの活動をサポートした。数日後、「北に向かう」というAMDAの車に乗り込み、故郷の岩手・大槌町に向かった。

沿岸部の大槌町は、何もかもがなくなり、自分がどこに帰ってきたのかがわからないほどだったという。辛うじて実家は無事だったが、多くの知人や友人が津波の犠牲になった。

被災した町には目印となる建物も残っておらず、土地勘があったとしても移動が難しい状況だった。さらに、岩手の方言が難しく、よそからやってきた人には外国語に聞こえるほど。元持さんは医師チームの現地のガイドのほか、方言の「通訳」も務め、さらには、人づてに聞いた情報を基に現地を確認し、支援が行き届いていないところに物資や医療支援を届けるべく活動した。

勤めていた学校からも理解を得られ、しばらくの間、AMDAの調整員として活動した。昨年4月末にAMDAが緊急支援を終えた後は、復興支援に関連する学生のスタディツアーやボランティアの受け入れ、中高生の交流事業などにかかわった。

地域ぐるみで健康をサポート

震災以前から、過疎地の大槌町には医療機関が少なかったが、震災後、医療施設のほとんどが、被災 により、仮設で、限られた設備で診療していた。そんな中、医療だけではない面で被災した人たちのサポートをしていく必要があると考え、昨年12月、 AMDAの支援を受けて「AMDA大槌・健康サポートセンター」を開設した。

人口の約1割が犠牲になった大槌町には、海外や日本国内から、たくさんの支援が寄せられた。そんな中「ありがとうと言うことに疲れた」と冗談まじりにつぶやく町の人の言葉が耳に残った。

そこで、センターは支援を「提供する」場ではなく、地域の人たち自身が企画したイベントや教室を開催している。これまでに開催されてきたのは、お茶会やかるた大会、季節行事など、小さなイベントが多い。「最初、地元の人たちは希望や夢、やりたいことを言い出せなかった。今では、これからの事や希望などを少しずつ言えるようになってきた」と元持さんは話す。

そして、仕事を失った人たちへの労働へのきっかけづくりや交流などを目的として、センター内は「チャレンジボックス」という名前の、小さな販売所を設けている。そこで利用者が手芸品などを売ったり展示したりすることで、地域社会との繋がりや情報発信に発展し、自信を取り戻し、収入を得るきっかけをつくっている。

このセンターは、厚生労働省により仮設住宅に設置が義務づけられているサポートセンターとは異なり、利用者を仮設住宅入居者に限定しない。津波で家を失い仮設住宅で生活する人も、辛うじて自宅が残ったものの高額な家の修繕代に頭を抱える人も、どちらも辛い生活を強いられていることに変わりはないからだ。

支援側は抱え込まずに

震災によるストレスやショックなどさまざまな要因から、被災した人は不眠や動悸など体の不調を訴える人が少なくない。サポートセンターには鍼灸院があり、体の不調を整えていくお手伝いをしている。それでもまだ問題が解決されない場合は、専門家に見てもらうよう体制を整えている。

「自分では対応できない難しい場面や、どうしてよいか迷ったときは、抱え込まないようにし、チームリーダーや専門部門へ繋げていくことが大切。そうしていくことで、効果的な支援の仕組みと形が生まれてくると思う」と元持さんは加える

一方、被災地で問題になっているのが、孤立だ。仕事と同時に生きがいも失い、家にこもってしまいがちな人も少なくない。そういった人にはどう接したらよいのだろうか。

「援助を『押しつける』のでは、本来の復興の原動力となる住民の力を引き出すことができなくなる。自主的に活動するきっかけを作ってあげれば、その人が『外に出よう』というきっかけが生まれ、状況が改善しやすくなる」

これまでは専門学校の仕事と両立してサポートセンターを運営していたが、専門学校は3月15日で退職した。これからは、住民と共にセンター運営に取り組んでいく。

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センターに集まり、編み物で楽しいひとときを過ごす地域の人たち

震災を機に、再び戻ってきたふるさと。「震災からの1年間、失ったものも多いが、その中で多くの素晴らしい人に出会えたことが一番の財産。これからもその人たちとのつながりを保っていきたい」元持さんは話す。

協力隊員仲間とは、サバイバルのレクチャーや、文化の大切さを伝えることなどをしようかと話しており、やってみたいことはたくさんある。

震災を機に、再び戻ってきたふるさと。「震災からの1年間、失ったものも多いが、その中で多くの素晴らしい人に出会えたことが一番の財産。これからもその人たちとのつながりを保っていきたい」元持さんは話す。協力隊員仲間とは、サバイバルのレクチャーや、文化の大切さを伝えることなどをしようかと話しており、やってみたいことはたくさんある。

今後センターはNPO法人化し、地元での活動を続けていく予定だ。「自主的な活動の芽をつぶさないように、そっと支えていきたい」。コスタリカで学んだ「前向きに生きる力」を岩手の人々に伝えていくために。

 

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