【福島県】援助って何だろう 福島で考える-渡邊恭子さん(平成3年1次隊/ヨルダン/手工芸)[2011年11月15日掲載]

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渡邊さん(左)と、支援仲間の
カンベンガ・マリールイズさん

福島県二本松市に住み、市役所の家庭児童相談室の相談員として活動する渡邊恭子さんは、東日本大震災発生直後に子どもと母親たちへの支援を始めた。活動を続ける中、青年海外協力隊員時代に抱いた「援助ってなんだろう」という問いが再びわき上がってきた。

放射線被ばくへの不安から、福島県内の子どもたちは長時間屋外に出られない。そこで渡邊さんはボランティア仲間と共に「ふくしまの笑顔をつなぐボランティアグループ“ひらそる(スペイン語でひまわりの意)”」を立ち上げた。住み慣れた地域を離れ、二本松市に避難している人たちの笑顔を取り戻し、地域の新たなコミュニティーづくりの支援が目的だ

渡邊さんたちは、2011年8月6、7日に「わくわくキャンプ」を開催。フォレストパークあだたら(福島県安達郡大玉村)で、子どもたちが放射線の心配なく遊ぶことができ、室内での工作ワークショップでものづくりを楽しむ時間をつくった。

人と人のつながり

避難所となっていた二本松市内の城山第二体育館で子どもたちの支援を始めたのは、東日本大震災の発生直後だった。当時、体育館に避難していた人は約150人。そのうち33人は18歳以下の子どもたちだった。「子どもたちはとても明るく、元気。普段とは違う体育館での生活を遠足や学習旅行のようにとらえ、楽しそうにすら見えた」と渡邊さんは言う。

だが日がたつにつれ、いつ終わるかわからない避難所での生活が避難所の人々の心の負担となっている様子が現れ始めた。夜泣きする子どもや、乱暴になる子ども。そして母親たちは、放射線の影響への心配と、「子どもを静かにさせてほしい」と周囲から言われることにストレスを感じていた。子どもたちが安心して遊べる空間があれば、母親のストレスが減り、避難所全体の雰囲気もきっと変わる――。そう考えた渡邊さんやボランティア仲間は、避難所になっていた城山第二体育館の職員にそのアイデアを提案。賛同を得て、支援物資置き場の半分が子どもたちの遊び場「わくわく城山教室」となった。

「わくわく城山教室」は4月から7月まで、子どもたちが勉強や遊びを通し、安心して過ごせる場を提供してきた。

7月に避難所が閉鎖されるのに伴い、7月23日に「わくわく城山教室」も、子どもたちの手で掃除と片付けをして、その役割を終えた。そして“ひらそる”の活動は、避難所での支援活動から、地域の子どもたちが安心して遊べる場や新しいコミュニティーづくり支援へと移っていく。

 

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「わくわく城山教室」の子どもたちと
ボランティア

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「わくわく城山教室」の子どもたちと
ボランティア

心を開き始めた子どもたち

8月6、7日に福島県内で開催した「わくわくキャンプ」に続き、8月17日から20日には、福島県で活動するNPO「ルワンダの教育を考える会」と、畿央大学(奈良県)が、栃木県にある宇都宮市冒険活動センターで開催した「のびのびキャンプ」にボランティアとして携わった。

畿央大学との連携のきっかけは、協力隊OBからの紹介だった。「わくわく城山教室」を視察した畿央大学の教員とメールや電話、奈良まで出向いての打ち合わせを重ね、3泊4日のキャンプ開催にこぎ着けた。

このキャンプでは、ひとりの子どもにひとりのボランティアが付くマンツーマン方式を採用し、通常のキャンプでは受け入れが難しいような子どもたちの参加も可能になった。

参加した子どもは約30人。手厚いサポート体制のもと、大学生ボランティアが常にペアの子どもを見守り、存在を丸ごと受け止めることで、はじめは笑顔の少なかった子どもたちが徐々に心を開いていった。キャンプには子どもたちの「こころ」を受け止める環境があったからだ。いったん打ちとけ始めると、子どもたちはさまざまな表情を見せるようになった。

子どもたちは日を追うごとに無邪気で明るい表情を取り戻していく。彼らのポジティブな変化を見られたことがうれしかった。「子どもたちは援助されるだけの存在ではない。子どもたちの可能性と未来を信じ、自立に向けた支援でありたい」。子どもたちの支援について、渡邊さんはこう考えている。

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のびのびキャンプ2011」の最終日、全員で集合

ヨルダンでの戸惑いと納得

協力隊員時代、日本とは文化も考え方も異なるアラブ圏での活動は戸惑うことが少なくなかった。「援助って何だろう」と悩んでいたある日、乗合タクシーの中で財布を忘れてきたことに気づく。ひげ面のこわそうな運転手に恐る恐るお金を忘れたことを伝えると、運転席から振り返った彼は半日分の稼ぎに値するほどのお金をつかみ、渡邊さんに「持って行け」と差し出した。「この国では困っている人を助けるのは当たり前なんだ」。渡邊さんはようやくヨルダンの「援助」を理解することができ、そして、ヨルダンが好きになった。

渡邊さんは「協力隊の活動と今の活動は似ている」と考えている。避難されている方と同じ目線に立ち、人々の心に寄り添う。そして、人々の尊厳を守り、自立に向けた支援であること。それは協力隊の活動を通じ、ヨルダンで学んだものだ。

かけがえのない支援仲間

ルワンダの内戦により日本に避難し、現在福島市に住むカンベンガ・マリールイズさんは、渡邉さんの支援活動仲間だ。17年前に福島市にやってきたマリールイズさんは、ルワンダで青年海外協力隊員のカウンターパートを務め、その後、福島県の技術研修員として来日。渡邊さんとは福島に来た頃からの付き合いだ。現在はNPO「ルワンダの教育を考える会」を立ち上げて母国に学校を設立し、その運営に当たっている。

マリールイズさんは、被災した人々のためにルワンダのコーヒーを楽しむ会を各所で開いている。そして自身の内戦の経験を話し、「生きていれば可能性がある。そして、そばに寄り添ってくれる人がいることを忘れないでほしい。ルワンダの人々が福島のみなさんのことを思ってくれていることを知ってほしい」と、集まった人々を励ましている。

福島県内には、自身が被災しながらも、被災者支援活動に当たった帰国隊員が少なくない。そのネットワークには、とても助けられたという。避難所支援を通じて知り合った人など、渡邊さんにはかけがいのないボランティア仲間がたくさんいる。心強い存在だ。

避難所となっていた二本松訓練所では、10月5日に協力隊員の派遣前訓練が再開し、二本松市内には震災前の日常が戻り始めている。一方で、今なお放射線の影響は続き、避難している人も地元住民も落ち着かない毎日を送っていることには変わりはない。渡邊さんは、「地域の人たちが笑顔になれるように、子どもたちが元気に過ごせるように、自分たちも楽しみながらできる活動を続けていきたい」と考えている。

援助って何だろう。その答えはいつも難しい。今回の支援活動を通じ、「いろいろな人と出会いを通じ、『人と人はつながっている』と強く感じた」と渡邊さんは話す。渡邊さんは自身の問いに背中を押されるように、活動を続けている。

 

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