【大阪府出身、三重県在住】途上国で抱いた問題意識から有機農業の道へ-羽鹿秀仁さん(平成8年度3次隊/ニカラグア/経済)[2011年9月1日掲載]

名張市安部田で有機農業を営む、羽鹿秀仁さん。この生活を始めてから今年で6年目となる。現在は、80アールの田んぼで米を作って販売し、20アールの畑に家族が食べる分の野菜を30~40種ほど作って生活している。また、農業体験を希望する都会の人たちに水田を開放し、無農薬、有機農業で作るお米のおいしさを知り、環境問題について考えてもらいたいと、自給自足を実践している。

2度にわたる協力隊とNPOボランティアとして開発途上国で活動した経験を通じてわきあがった環境問題への意識が、現在の生活を始めるきっかけだった。

「恩返し」の気持ちから協力隊へ

学生時代に1年間休学し、バックパッカーとして世界を放浪した。開発途上国を旅する中で、貧しくても助けの手を差し伸べてくれる人たちの世話になることが何度もあった。いつかその人たちにお返しをしたいと思いながらも、大学卒業後はいったん就職し、コンピュータ会社の営業マンとなったが、中小企業診断士の資格を取り、経営コンサルタントとして独立した。その間、旅行でお世話になった途上国の人たちに恩返しをするつもりで、人道支援をするNGOなどへの寄付を続けたが、実際に現場に行きたいという思いが強くなっていた。

ある日、電車の中で青年海外協力隊のポスターを見て、琴線に触れるものがあった。大阪市内での説明会に参加し、OBの体験談を聞いた。「これなら自分にも出来そうだ」。すぐに応募。中小企業診断士の資格を生かせる「経済」の職種で、ニカラグアへの派遣が決まった。

何かが満たされない協力隊時代


配属先の高校での授業風景

ニカラグア第2の都市、レオン市の商業高校で会計の教師となった。先代隊員から受け継いだ、会計の教科書づくりのプロジェクトを進める一方、1年目は会計担当の教員へのアドバイス、それに加えて2年目は、週2コマ、生徒に会計を教えた。学校の教員仲間や生徒たちに慕われ、活動は順風満帆だった。ホームステイ先の家族とも仲良くなった。しかし、こんなに順調な生活を続けていいのかという思いが、ふと頭をよぎることがあった。

そんな中、1998年、大型ハリケーン「ミッチ」が中米の国々に上陸。エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスに甚大な被害をもたらしただけでなく、ニカラグアでも死者2,863人を数え、総被害額は15億ドルに上った。


ハリケーン被災者に食料を配布

当時、中米各国に派遣されていた協力隊員だけでなく、日本にいる協力隊OBも、募金活動や被災地支援にあたった。羽鹿さんは、ニカラグアの中でも被害が大きかったテリカ市での救援活動に加わった。これこそ正に思い描いていた協力活動だった。だが、任期が終わって帰国する時、何かをやり残したような気がしていた。

帰国後、今度は協力隊員がグループで派遣されているプロジェクトのリーダー役「プログラムオフィサー隊員」として、パナマのノベブグレ自治区に行った。そのプロジェクトにはさまざまな専門分野を持つ隊員が集められ、協同組合を組織化し、農業や、みやげ物として売る民芸品の製作などを通じ、住民が現金収入を得るためのスキルを身につけ、自立した生活を営めるよう協力した。プロジェクトが進むにつれ、住民たちも自立への意欲を持ち始めた。

水道や電気などのライフラインがなく、不便な場所だったが、協力隊の活動場所としては申し分なかった。そんな中、羽鹿さんは、当時、パナマで先住民たちが直面する問題を知った。先住民の自治区では耕作に適した土地をスペイン系の住民に囲い込まれ、利用可能な土地が不足していた。原因は、人口増だった。さらに、焼畑農業の繰り返しによる地力の低下の問題が表面化しつつあった。

このような問題の解決にも力を発揮したかったが、3年間の任期中には成し遂げられず、帰国した時には、農業や環境への問題意識を抱いていた。

ボランティア活動から得た「気づき」

パナマから帰国後、大阪を拠点とするNPOネットワーク「地球村」のアフガニスタン難民支援に携わった。ニカラグアから帰国した頃から、このNPOの活動に興味を持っていたからだ。2度の協力隊経験を生かした羽鹿さんのボランティア活動が始まった。

米国同時多発テロ(2001年)の後、アメリカとイギリスがアフガニスタンを空爆、多くの住民が家を失い国内外に逃れた。国際治安支援部隊(ISAF)の駐留により治安は改善し、人々の帰還が始まったが、政府が十分機能していないため、生活は困窮を極めていた。帰還難民やアフガン人の生活の安定ため井戸掘り、学校建設、農業指導、灌漑など、難民が自活できるように尽力し、2005年に支援活動を終了し、帰国することになった。

ニカラグアとパナマ、アフガニスタンでの活動を振り返ると、環境破壊により、貧しい人々が自然災害の影響を最も受けていることは明白だった。ハリケーン「ミッチ」により、貧困層の人々が洪水や地滑りで最も被害を受けた。地滑りの原因はニカラグアの環境破壊と地球温暖化による気候変動であり、パナマやアフガニスタンも同様の問題を抱えていた。途上国の環境破壊は、先進国の人々が便利な暮らしを享受する代償であることも一因となっている。そこで、極力、環境に負荷を与えない農業を実践することを思い立ち、今日に至る。

感じたことを行動に


みんなで田植え

自然の中で暮らし、自分が作ったものを食べて暮らす――。ほんの少し前までは当たり前だったことを実践して、その楽しさを多くの人と共有できる場を作りたいと考えている。

このごろは、活動に共感してくれる人が増えてきたと実感する。自らが感じることを発信し、人生観が変わる人が出てくると嬉しい。農作業を体験し、それぞれの人が色々なことを感じ、気づきを得る機会を大切にしたいと羽鹿さんは思っている。


稲刈りを終えた田んぼで

「帰国して時間が経つと忘れてしまいがちだが、日本の良いところと悪いところ、あるいは世界と日本を比較して、その中で感じる違和感を素直に認めてほしい。やりたいと思うことを行動に移し、日本の価値観に流されず、色々なことができることを示してほしい」と、羽鹿さんは帰国隊員にメッセージを送る。自ら感じたことをまっすぐ実行に移し、行動で示してきた協力隊OBの言葉には、人の心を奮いたたせるものがある。

 

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