【東京都】 総合格闘技「SRC(戦極)」の広報を担う、飯田倫大さん(平成12年度2次隊/タンザニア/病虫害)[2010年12月1日掲載]

世の中に格闘技と呼ばれるスポーツは沢山あるが、何が違うと言えば、まずルールが違う。例えばK‐1はキックボクシングで、立ち技だけとなる。総合格闘技と呼ばれるものは、寝技での一本もあれば、立ち技でのノックアウトもあり、いろいろな競技の選手が勝負できる“何でもあり”の格闘技だ。

飯田倫大(ともひろ)さん(平成12年度2次隊/タンザニア/病虫害)は、総合格闘技イベント「SRC(=Sengoku Raiden Championship)※」の広報部長として、広報渉外を担当している。SRCのリングで活躍する選手は、柔道、柔術、レスリング、キックボクシング等の競技で輝かしい実績のある世界中のトップアスリートたち。日本の有名選手は、今年引退された吉田秀彦選手や瀧本誠選手、現役で活躍している泉浩選手や石井慧選手など、オリンピック柔道の金・銀メダリストが勢揃いだ。

※2009年までは「戦極(せんごく)」という大会名だったが、今年からSRCに変更された。

“何でもあり”の格闘技

飯田さんは現在、格闘技イベントを運営するスポーツマネージメント会社の広報部長として、SRCの広報渉外を担当する。この業界に入って5年10か月。SRCには3年前の立ち上げから携わっている。

SRCは年間5~6回のペースで開催される。毎回が一大イベントとなるため、広報渉外は極めて忙しい。各マスコミ媒体への営業、取材対応や原稿チェック、記者会見の企画運営、資料作成、HPの更新、それに選手・関係者との交渉からマッチメイクや、外国人選手の渡航手配など、飯田さんの仕事は多岐にわたる。

公の場で話す機会が多い広報という立場では、発言には気を使わねばならない。自分の何気ない一言が電波に乗って、関係者の間で広がることも多々ある。選手のイメージも大切なため、選手自身のコメントに対しても気を使う。

「選手は純粋にその競技が好きで努力し、大袈裟ではなく命を懸けてリングに上がるわけですから、我々スタッフは、なるべく選手がメンタル的にもフィジカル的にも最高の状態で試合に臨むことができるよう、さまざまなところに気を使っています」

昆虫の専門からなぜスポーツ業界に?

「協力隊に行ってなかったら、北海道に残って農業関係の仕事をしていたでしょうね」

三重県出身の飯田さん。大学は帯広畜産大学に入学し、昆虫学研究室で病虫害の研究に励んでいた。一方、もともと幼い頃から大のスポーツ好きで、大学ではラグビー部に所属した、バリバリの「体育会系」。

協力隊には新卒で参加し、農業部門の職種「病虫害」でタンザニアに派遣された。現地では役所の植物保護課に配属。農村を巡回しながら、作物の病気や害虫による被害を調査し、対策を講じるという仕事。現地人の同僚に仕事に対する意識改革にも尽力した。

スポーツが生活の一部であった日本での生活から一転し、タンザニアでは初めて視覚的にもスポーツから離れた生活を送ることになり、非常にストレスを感じていた。そこで余暇の時間に、近所の子どもたちにラグビーや野球を教えたり、隊員仲間で現地の方たちとサッカーチームを作ってリーグ戦を行ったりした。年1回の隊員総会では、スポーツ大会を企画運営し、大きな達成感を感じた。

「自分はこういう仕事の方が合っているのではないかと思うようになりました」

自分が本当に好きなことは何かと、じっくり考える時間を過ごしたなか、将来はスポーツに携わる仕事をしようと心に決めた。

タンザニア滞在中、日本から送られるスポーツ雑誌を見ていた時、スポーツマネージメントという仕事があることを知った。具体的にどんな仕事をするのか、資格がいるものなのか。気になり出すとトコトン追求したい性格。帰国後、インターネットなどを通じて詳しく調べる作業を始めた。そんな中、スポーツマネージメントを学ぶ専門学校がニュージーランドにあることを見つけ、留学することにした。

大学のラグビー選手であった飯田さんは、憧れの本場ニュージーランドのラグビーチームでプレイしながら専門学校に通い、スポーツマネージメントのビジネスを学んだ。1年半の留学後、日本で就職活動をし、最初に応募したスポーツマネージメント会社(現所属会社の前の会社)に就職した。当時は、バルセロナ五輪柔道金メダリストの吉田秀彦選手などのマネージャーを担当した。吉田選手が参戦していた総合格闘技「PRIDE」は、2007年に興行が消滅したが、飯田さんは新たに設立された運営会社のスタッフに抜擢され、総合格闘技SRC(戦極)の立上げに携わることになった。

スポーツマネージメントの魅力

スポーツの世界で真剣勝負の舞台を作りあげ、裏方で支えるスポーツマネージメントの仕事は、競技によってその内容も異なるが、総合格闘技においては特に、順応性と臨機応変な対応力が求められ、飯田さんの仕事のさまざまな局面で、協力隊経験で得た対応能力が活きているという。

「日々常に刺激があります。決まりきったものがないというか、形(かた)がない。選手によって対応の仕方は異なり、人と接する仕事だけに信頼性と柔軟性が必要です。試合直前のケガなどで対戦相手の変更はつきもの。選手は試合のために必死で準備してきている。そこでマネージメント側が簡単に諦めて試合を中止にするわけにはいかない状況になるため、私も必死で代わりの対戦相手を探し、試合を実現させる」

選手たちの純粋さにはいつも心を打たれる。プロの格闘家になるために、いつの日かリングに立つために、アルバイトで生計を立てながら、夢に向かってひたすら練習に打ち込んできた彼らは、「諦めない精神」の塊だという。飯田さんの仕事に対する姿勢は、そんな選手たちから学んだものである。

「今の子どもたちに言いたいですね、夢を簡単に諦めるな、自分の中に枠を決めるな、と。子どもたちが目指すものに打ち込めるように、親も周りの人間も真剣になって協力する。最後まで諦めず自分を信じて頑張れば、必ず目標は達成できる。格闘技という競技スポーツがもつ教育的要素は、子どもにも大人にも役立つものだと思います」

病虫害の研究者から格闘技界に転身した人は、おそらく世界で飯田さん一人ではないだろうか。異なる競技選手のミックスである総合格闘技SRC。取り巻くスタッフも、実は異業種転身者の集まりなのか。研究課題にすると面白いかもしれない。

 

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