映画という芸術を教育分野へ(西原 昇さん)

映画が好きで

写真:西原 昇さん

子供の頃から映画が好きだった西原さんは日活撮影所に入社され、倒産するまでの8年間、映画編集に携わり、伊丹十三、岡本喜八、鈴木清順、森田芳光といった監督の作品を担当されます。主な作品は「ミンボーの女」「大誘拐」「夢二」「バカヤロー」「天と地と」等。

その後、独立、担当した中国映画「覇王別姫 さらば わが愛」がカンヌ映画祭グランプリを受賞したことをきっかけに、単身アメリカ・ハリウッドへ出発された西原さんでしたが、壁は厚く2年で帰国されます。

帰国後、このまま日本で何かやりたいという気持ちにはなれなかった、そんな時、協力隊に参加していた幼馴染から話を聞いて、自分の経験が協力隊に活かせることを知ります。協力隊に参加する決め手になったのは、今まで映画界で仕事をしていた技術が活かせることと、それまでの旅行で一番インパクトの強かったアフリカに行けるということだったそうです。

協力隊に参加

新規隊員だった西原さんは、他の新規隊員と同じように「なにしにきたん?」からのスタートだったそうです。けれど、思うままにできたため、やりがいはあったとか。

活動は大きく三つ、(1)ワークショップ等での映像技術の指導、(2)アフリカ映画祭の企画運営、(3)実際のビデオ製作に携わったそうです。ブルースリーのことしか知らなかった彼らが、映画というものの本質を少しでも理解してくれるようになったのは最大の喜びだったとか。「将来、自分と関わった人の中から、アフリカ映画界で活躍する人が出てくるとうれしいです」と西原さん。

帰国後

帰国後は専門学校で映像技術の先生を9ヶ月された後、かなりの倍率の中、ユニバーサルスタジオジャパンのオープニングスタッフとして採用されます。

現在は、エンターテイメント部のマネージャーとして、余暇を楽しむ事があまり上手とはいえない私たち日本人に、少しでも大きな笑顔で楽しんで頂きたいと、頑張っていらっしゃいます。

西原さんより ~大阪OB・OG会長として~

写真:活動の様子

帰国して1年も経たない頃、会長というお話をいただきました。OBOG会の事を何もわかっていなかったのですが、自分自身もこの協力隊の活動が日々幻のようになっていく中、何かつながりを持っていたい、そして、将来この経験を少しでも日本に恩返しする事ができればと思い、引きうけてから3年を超えました。今では、月一回の月例会で、OBOGの皆さんと顔を合わせないといられないですね。また、今後はこのOBOGの人脈網で帰国隊員の進路に協力できるような組織になれればと考えています。OBOGの皆様も、ぜひ大阪の月例会に来てみて下さいませ。

西原さんより ~これから~

写真:活動の様子

私は年間に三万人以上の自殺者がでる国は素晴らしい国だとは思いません。子供が子供を殺す国は決して誇れる国だとは思いません。でも、それが我が祖国なのですね。日本人に欠けているもの、それは物質ではない部分の豊かさではないでしょうか。

私はここまで、ずっと『映画』という産物に関わってきました。単純にいろいろな映画を見て、喜んだり、悲しんだり、感動したりする心が、私達に不足している部分ではないかと思っています。

世の中に情報が氾濫し、学校では学問を詰め込まれ、でも子供達はそれをどう使ったらいいか知らないのです。「映画」はそれを教えてくれます。私自身、歴史、世界観、哲学、宗教、そして恋愛まで映画に教えられました。日本は先進国の中で「映画」という芸術を教育の現場で利用しない国の一つです。もっともっと、有効的に「映画」を教育の分野で使って、心豊かなそして、誇りを持てる国になって欲しいと思っています。
協力隊の経験を活かし、さまざまのものを複合的に組み合わせて、明るい未来にしていくために、今自分ができることからやっていきたいと思っています。

 


青年海外協力隊大阪府OBOGによるアカペラグループ「音気球」にも参加される等、多方面で活動されている西原さんのますますのご活躍をお祈りしております。(文責:寺西)

※JOCA近畿支部の機関紙『JOCAネットワーク近畿 VOL.79 2004.8』掲載

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