ガボン事務所

画像:ガボン国旗

第8回 (2009年4月)
JICAガボン事務所 ボランティア調整員
小竹 一嘉 (平成12年度2次隊 / セネガル / 村落開発普及員)


全てが自分にとって良い経験となっています

写真:切り出した木材を搬送するトラックの行列。出張時に撮影。

切り出した木材を搬送するトラックの行列。出張時に撮影。

私は蝦夷鹿やキタキツネが家の前にも出没する北海道釧路市で4人兄弟の長男として生まれ、大らかな大地で育ってきました。田舎の長男坊なので、中学のときは卒業したら自衛隊に入って早く両親を助けよう(長男の責務?)と真剣に考えていた時期もありましたが、結局好きなサッカーを継続したくて高校に行かせてもらい、学費も生活費も自分が捻出するからということで、国際関係が学べる本州の大学にも行かせてもらいました。

大学時代は授業とアルバイトの毎日。居酒屋ホール兼厨房、警備員(交通誘導及び家宅警備)、コンビニ弁当工場、レストラン厨房、ガソリンスタンド給油係、学習教材の訪問販売、造園業補助等、多い時で3つの仕事を掛け持ちしながら、国際関係について学びました。また、部活動ではローラーホッケー部に属し、バルセロナオリンピックの日本代表に選出されたこともありました。

大学卒業後、在外公館派遣員として在カメルーン日本国大使館にて勤務。その後、青年海外協力隊(セネガル)、JICA国内協力員(北海道帯広)、民間企業の貿易課(群馬県前橋)を経て、ボランティア調整員としてニジェールで勤務。日本に戻り、1ヶ月半にわたる四国遍路(四国巡礼八十八カ所めぐり)を妻としながら2回目の調整員試験の合格が決まり、現在に至ります。とにかく、すべてが自分で選択した道。すべてが自分にとって良い経験となっています。

隊員時代に調整員のことを知り、やりがいのある仕事だなと思っていました。しかし自分に足りない部分も自覚していたので、帰国後は仕事をしながら語学を研鑽し、訪れるかもしれない機会に備えていたような気がします。具体的なきっかけと言えば、私の考えをよく理解してくれ、どんな道でもこれからの人生を共に歩むことを誓ってくれた人生の伴侶と出会えたこと。お互い協力隊の経験者なので、ボランティア調整員がどのようなものか、なんとなくわかっていました(実際、調整員になってから業務が多岐にわたり考えていた以上に奥の深い仕事なんだなってわかりましたが)。ただ、調整員が期間限定の契約であること、また業務や生活環境が過酷かもしれないこと、互いの生活拠点をどうするか(随伴か単身赴任か)が懸念材料としてあったため、妻とは今後の方向性についてもじっくり話し合った上で、調整員への道を目指すことにしました。調整員試験を受け、ニジェール調整員としての合格通知をいただいてから、妻とは再度話し合い、妻が仕事を辞めるまでの約8ヶ月間、私が単身でニジェールへ赴任し、調整員業務をしながら妻の受入準備を整えるということにしました。

ニジェールでは初めての調整員経験。ニジェールのことも調整員業務のイロハもわからぬまま、私の中ではアッという間に1年が過ぎてしまいました。それでも他の事務所スタッフの励ましやアドバイスがあり、時間はかかりましたが何とか少しずつ業務を身体で覚えていくことができたような気がします。とにかく、みんなそれぞれが個性を発揮しており、多くの方から学びがありました。ニジェール最終日、隊員と事務所の男性陣たちに胴上げされ、みんなからの寄せ書きまでいただき感動。飛行機の中でそれを見て、「とにかく頑張ってきて良かった」。心の底から何か温かい感情が湧いてきました。

現在、自身2度目の調整員としてガボンで勤務していますが、ニジェール時代の所長をはじめ、事務所スタッフのみんな、それから隊員や専門家など、多くの素敵な方との出会いがあったからこそ、この道に進んでいるのだと確信しています。そして今、自身の調整員としての成長及び人間的な成長と、自身のあらゆる経験を調整員業務を通じ、JICAボランティアに還元をすることができればと思っています。

ガボンではこんな毎日を過ごしています

VC全般の仕事と、担当業務に関して

写真:ガボン支所のスタッフ。左端から筆者、ナショナルスタッフ2名と支所長

ガボン支所のスタッフ。左端から筆者、ナショナルスタッフ2名と支所長

ガボンへの協力隊派遣が始まったのが2005年7月。私は初代から数えて3代目のボランティア調整員として勤務しています。まだまだ歴史の浅いガボン支所ですが、先代の築いてきた業務の流れを引き継ぎつつ、またニジェールでの調整員経験を活かしながら、改善できるところはしていこうという姿勢で業務に取り組んでいます。ガボン支所では現在、日本人スタッフは所長が1名、ボランティア調整員1名の計2名のみ(ナショナルスタッフは2名)。担当業務については、ボランティア派遣計画の策定、隊員活動支援(全隊員・全分野:保健、教育、水産、農業、環境、その他)、隊員の受入業務(語学研修アレンジ含む)、帰国手続業務、要請開拓、省庁との折衝のほか、健康管理業務、安全管理業務も兼務しています。

 

いつも一緒に仕事している人(ナショナルスタッフ等)

現在、ガボン支所は日本人スタッフとナショナルスタッフを併せても総勢4名の小さな所帯。

所長の性格も手伝ってか、とても風通しがよく、いつも和気藹々という雰囲気で仕事をしています。

ナショナルスタッフは秘書(女性)と総務・庶務担当(男性)がおり、いずれもガボン人。また、いずれも30代前半と若く、元気。出身の地域や部族(現地語)が異なるので、それぞれが地元の自慢話を競い合っていたりして、それを所長と横から茶化すのもなかなか面白いです。ただ、業務的にはまだまだ伸びていただきたいところがあるので、業務のコツとか書類の整理の仕方など、時間を見つけては惜しみなくアドバイスするようにしています。また、私のほうはガボンに着任してまだ3ヶ月に満たないので、彼らからガボンのいろいろなことを教えてもらっています。

ある1日の仕事

7:50

出勤(メールのチェック、業務公電のチェック)

事務局担当者や本部健康管理センター担当者へのメールによる事務連絡、メールや公電での作業依頼対応、隊員から提出のあった書類の内容確認および本部への発信作業、日本大使館の経済協力担当者からの依頼対応、帰国前隊員や新隊員への配布資料作成、ボランティアポータルシステムでの隊員申請データ確認と対応

12:15 再度メールを確認してから昼休憩のため帰宅(食事、体力づくり、休憩)
14:45

事務所に戻り、メールのチェック

ガボンを兼轄しているベナン健康管理員へメール送信(適宜)、隊員配属先関係者への連絡(適宜)、隊員からの電話対応、公電での作業依頼対応(ナショナルスタッフPCのウイルス対策ソフト更新作業、経理ソフトの更新作業等も)、ボランティアポータルシステムでの隊員申請データ確認と対応、出張復命書作成

19:00~20:00 帰宅

休日や家族との過ごし方など

写真:自宅からの風景

自宅からの風景

週末にかかる出張や、事務所の不具合箇所修理等のために週末も業者の対応に当ることがあったりしますが、それ以外の週末は午前の暑くなる時間前に海岸線をジョギングしたり、妻と買い物に出かけたり、住環境の改善のために週末大工(網戸の修理、配管修理など)をしたり、日本から送られてきたDVD(妻の好きな2時間サスペンス)を一緒に見たりして、ゆっくり過ごすようにしています。

さて、私の住んでいるリーブルビルには、大きなスーパーが複数あり、また大きなホームセンターもあるので、生活する上での物資はほとんど調達できます。アジア食材も日本のものはさすがに入手しにくいですが、豆腐やわさび、春雨、ラーメン、韓国及び中国醤油などは現地調達可。電化製品も薄型テレビ、DVDプレーヤー、全自動洗濯機、冷蔵庫、FAX、プリンター、デジカメ、ハンディビデオカメラのほか、新型のi-podやニンテンドーDSなども容易に入手可。スーパー以外にも家電や家具を取り扱っている商店がたくさんあるので、探検して新たな発見(生活に役立つ便利商品や日本語が書かれている「まがいもの」商品の発見)をするのもここでの楽しみの1つとなっています。

調整員を希望する方々へ!

写真:赤道にて。 東京まで14400km!?

赤道にて。
東京まで14400km!?

私が心掛けているのは、真摯に、スピーディーに、正確に対応すること。また、「参加されたボランティアの皆さんがJICAのボランティア事業に満足し、元気に帰国されるよう支援することが、調整員の最も重要な役割」ということを意識して業務に取り組んでいます。

その他、調整員は職場のスタッフや隊員と、言わばチームを組んでこの事業を展開しているという意識を持つことも重要になりますので、協調性も大切な要素だと思います。「報・連・相(報告・連絡・相談)」も大事です。また、いい仕事をしていくためには自身が(心身ともに)健康であること、ストレスを上手くコントロールできることも重要ですし、同僚スタッフだけでなく、ボランティアからもたくさんのことを学ぶ姿勢をもつことも大切だと感じています。業務上、大変なことも多いですが、自分も成長し、ボランティアの成長をも感じることができる、そんな仕事でもあります。

最後になりますが、今後の人生の方向性を定めた上で、調整員経験がその方向性に合致していると判断できれば、是非自分を信じてチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

よい人生を。

 

 

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