『クロスロード』をつくったOB (その1) すずきじゅんいち監督(昭和60年度2次隊・モロッコ・映像)

約1か月にわたりフィリピンと日本国内で撮影された『クロスロード』は、自身にとってどのような作品になったのか、すずき監督に話を聞きました。

「協力隊」を客観的に捉える作品として、多くの人に見てほしい

すずき監督
グローバルフェスタJAPANでのトークショーで
(2015年10月)

『クロスロード』をなるべく一般の方に見ていただけるような作品にしようと意識し、監督しました。協力隊の内輪話に偏ってしまわないように、二人の登場人物のキャラクターの違いを打ち出し、分かりやすい葛藤をつくりだしています。

この二人、実は非常に似ているのですが、表面的には相対する考え方を持つので、ことごとく対立します。ですが、最終的には理解し合えるようになる。これはある面では協力隊と同じで、現地に行けば現地の人とぶつかることもあるし、理解し合えることもあります。映画全体の背景として、自分の協力隊経験が生かされているところはあると思いますね。 

僕らが撮影をしたフィリピンのバギオは、フィリピンで第二次世界大戦が始まった場所であり、終わった場所なんです。真珠湾攻撃と同じ日に、日本は、当時アメリカ軍の本部があったバギオを爆撃しました。そして、1945年8月15日に終戦を迎えましたが、フィリピン駐留の日本軍は、司令官の山下奉文大将の下、その後も戦い続け、 9月3日、とうとう連合軍に降伏。その場所がバギオだったのです。戦後70年の節目の年に、そんな場所で撮影をすることになるなんて、感慨深いものがありました。

フィリピンの俳優さんたちは皆さん人柄がよく、自然体でとても上手でした。他の仕事をしながら俳優をやっている人が多かったけれど、味のある人、声のいい人などが揃っていました。

実は、20年前くらいに協力隊の映画をつくろうと、JOCAにはたらきかけたことがあるんです。協力隊員は、いろんな葛藤、たたかいがあります。現地の人とだけでなく、隊員同士間にもあり、映画としての可能性があるんじゃないかと。実際、本を書いている人もたくさんいますし。その時は実現できず、一時あきらめかけていたんですが、ようやく実現し、完成しました。

この作品が協力隊経験者に喜んでいただける作品となったかどうかが一番不安です。協力隊を客観的に見ることができる作品として、たくさんの方に見ていただければうれしいです。また、海外の人にもぜひ見てもらいたいなと思います。

(2015年7月の映画試写会にて)

プロフィール

1952年、神奈川県出身。日活に助監督として入社後、神代辰巳、市川崑らに師事。 1986年、青年海外協力隊に参加。帰国後、1988年に監督した作品、「マリリンに逢いたい」が観客動員250万人の大ヒット作に。その後米国に移住し、日系アメリカ人の歴史を綴った日米合作3部作「東洋宮武が覗いた時代」「442 日系部隊」「二つの祖国で 日系陸軍情報部」を企画、脚本、監督。山路ふみ子文化賞、日本映画批評家大賞ドキュメンタリー監督賞を受賞。

主な監督作品に、「砂の上のロビンソン」「秋桜」「宮古島トライアスロン」「和食ドリーム」など。

▼ウェブサイト
http://suzukijunichi.com

 (その2)福間正浩さん(脚本・脚本監修)の紹介はこちら

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