#05 フィリピンロケ始まる(2015年4月13日掲載)

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こんな青空の下で撮影開始=マヨヤオで

4月4日、フィリピンロケ開始。天気は快晴。しかし、台風接近が不安だ。

フィリピン・ルソン島北部のマヨヤオという小さな町に来ている。渡辺大さん扮する村落開発隊員の羽村和也が赴任して、カウンターパートのマニー(現地の俳優フレディ・バラナグさん)とドジョウの養殖などをするシーン。前日、本の読み合わせをしっかり行ったかいあって、撮影はきわめてスムーズ。展望台に上ると、山々が連なる壮大な景色。世界遺産の棚田もくっきりと見渡せる。助監督も「いい景色だ。ここまで来たかいがあった」と思わず口に出した。撮影スタッフは疲れを見せず、きびきびと動く。

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撮影本隊を出迎え、ホッとする
香月プロデューサー(右)=マニラ国際空港で
 

しかし、ここに来るまでが大変だった。ロケ隊がマニラ空港に到着したのが2日。しかし到着早々、台風の到来予報に加え、2日から5日までフィリピンは安息日で休日。日本でいえばゴールデンウィークのようなもので、民族の大移動が始まる。現地の新聞は、「昨日、マニラ空港は大混乱で、172便の発着が遅延、12便が欠航した」と報じた。日本ではなかなかあり得ないパニック状態。最悪の場合、飛行機が飛ばない。香月秀之プロデューサーはウーンとうなった。北部への移動は翌日だ。万一欠航となったら、スケジュールが大幅に狂う。何しろスタッフ約25人と俳優の人件費などを考えると、一日ずれると数百万円単位の経費が掛かり、撮りきれないということも考えられる。しかし、陸路で行くと10時間以上かかる。

香月プロデューサーは陸路で行く手配もした。万一のことを考えての保険だ。「レンタカーを5台予約した。飛行機が飛ばなかった場合、仕方がないでしょう」。胃が痛む日々が続いているようだ。

結果は、飛行機がほぼ定刻通り飛んだ。一同、胸をなで下ろし、翌日の4日には、ロケが始まったというわけだ。しかし、台風の問題が残っていた。天気が悪くて撮影ができないというだけにとどまらず、停電で電気が復旧しなかったり、崖崩れで道が通れなくなったりして、ロケ隊の移動ができなくなる可能性だってある。心配は続く。

4日夜、フィリピン側スタッフとの交流会を開く。そこで、招待した副町長が突然、町のしきたりに従い、映画の成功とマヨヤオと日本との交流を祈る儀式を始めるという。副町長は祈祷師でもあるのだ。香月プロデューサーは、「皆さん、もう後は神頼みしかないのです。気合いを入れてご祈祷してもらいましょう」と声をあげた。

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鶏をあぶる祈祷師ら=マヨヤオで

祈祷は、スタッフが泊まっていたホステル(宿泊施設)の入口で行われた。何か液体の入った壺と生きた鶏の入ったカゴの前で、副町長がなにやらぶつぶつと唱え始めた。彼の向かい側には、副町長の祈祷師としての師匠が座り、時々合いの手を入れる。独特の空気感が漂う。そのうち、カゴの中から鶏を一羽取り出し、クビにナイフを入れた。血がしたたり落ちる。鳥はバタバタと最後の力で抵抗しようとする。スタッフは、度肝を抜かれたのか押し黙っている。鳥は全部で8羽生け贄にされた。「一羽は日本人スタッフに与える。もう一羽は創造主に捧げる」と、副町長はわれわれに英語で告げた。祈祷はゆっくりと一時間以上行われた。そのかいあってか、台風はゆるやかに過ぎ去っていった。

エグゼクティブ・プロデューサー  吉岡逸夫(昭和47年1次隊/エチオピア/映像)

(・・・続く)

 

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