異文化に暮らす(談儀 善弘 S8年度1次隊/ネパール/理数科教師)

青年海外協力隊に参加してネパールの山間部の学校に派遣されたとき、私は本気でネパール人になりたいと思っていた。それは決してネパール国籍を取る、とか永住したい、などという意味ではない。10 年くらいは活動してもいいかな、とは思っていたけれど、派遣されている間は、彼らと同じような生活をしたい、という感覚だったのである。彼らが食べるものを彼らと同じように食べ、彼らが住んでいる部屋と同じようなところで寝起きし、彼らと同じような口ひげを生やし、現地で買った服やゴム草履をはいて生活していた。
赴任してしばらくたったある日、田舎の道を一人で歩いていたら後ろから来たネパール
人に英語で話しかけられた。「どこから来たんだ?」「これからどこへ行くんだ?」・・・ 私は振り向きざまに、「×××村から来たんだけど、友だちのいる△△△村に行くんだよ」と少し早口のネパール語でまくし立てるように答えたところ、「なんだ、日本人かと思ったよ」と言いながら去って行った。“ああ、ネパール人になれた”と思えた瞬間だった。
その後、いつまでたってもそれまで気づかなかったネパールの習慣や彼らの考え方などにはっとさせられた。当たり前の話なのだが、2年や3年の間で彼らのすべてがわかるはずがなく、それよりわざわざ日本から来て、ネパール人と同じことをするのならまったく意味がないという考えに行き着いた。彼らと違うことを大事にすればいいと思うようになったとき、少し肩の力が抜けたように感じたので、それまでは少し無理してネパールにあわせようとしていたのだろう。
そして、帰国の時が近づいてきた頃、一番の飲み友だちであった同僚がぽつりと言った。
「あなたと話していると、ときどきあなたが外国人だ、ってことを忘れてしまってるんだよ」
そのとき私は、こう答えた。
「実は私もそうなんだ」
彼の言葉はやはり私には嬉しかった。ネパール人だとか日本人だとかいうものを越えたものがそこにあったと思う。

 

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