バリアフリー(井上 都三女 H13年度/トンガ/日本語教師)

私がトンガ王国ババウ島で不安な生活をスタートさせた頃、3,4才の少女が向かいの家から遊びに来た。茶色のパサパサの巻毛と小さな顔には派手すぎる丸い瞳。まだトンガ語でマロエレレイ(こんにちは)くらいしかできない私に、少女は容赦なくトンガ語の洗礼を浴びせたかと思うと、自慢気に足の指を見せて、ニコニコ笑って自分の家に戻って行った。その足には窮屈そうにかわいい6本の指が並んでいた。「ああ、奇形。可哀想に。でもあの笑みは何なの? 小さいから将来の不安もないのかしら」

町に出ると体に障害を持つ人を見かけることが多いのに気付いた。そしてもっと見かけたのがオカマ。トンガ語でファカ・レディ。言葉がまだちっとも分からない頃にこの単語はすぐに覚えた。それほど聞く頻度が高かった。

トンガ生活に慣れてくるにつれ、健常な人とそうでない人との関わり方に、日本との違いが見えてきた。健常者はハンディのある人を特別扱いしない事が多い。可哀想がる事も少なく、平気でその人のハンディについて傷つける言葉も使う。しかし、困っているのを見れば、構えることなく当たり前のように手を差し伸べる。この島にはその様な人を入れる施設・学校は無い。障害のある人は囲われていない。行政からも、人々の偏見の眼差しからも。そして特別に囲われなければ、普通の社会ではこれ位の程度のハンディを持つ人が自然に存在し、そして私達と共存する事となっているのだと気付いた。人の目を気にせず通りを行く障害者に悲壮感は無い。

たくさんの友人とおしゃべりに興じるオカマのシオネは、私を見るといつも「はぁ~い、トミー」としなやかに指を振って笑んでくれた。彼(女)の明るさに在トン中私は、どれ程の元気をもらえたことか。私が帰国後すぐ亡くなったという、あの花の様な笑顔が懐かしい。金のかからない健常者の国を目指せとばかりに、お腹の赤ん坊さえふるいにかけている某国。その違いは、「発展」なのだろうか。

トンガ人は、きっと言うだろう。何故、性同一障害という難しい言葉や、ハンディキャップの子を収容する学校が必要なのか、と。私達の必要なのは、異なるものを受容するなのかも。

 

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