祖母の味噌汁(山田 和輝 H20年度3次隊/カンボジア/環境教育)

私が小さい頃、両親が共働きだったため、小学校から帰ると祖母が面倒を見てくれていた。祖母の料理の味はとても濃く、塩辛いのがネックであった。特に味噌汁があまりにも塩辛く、私は小さい頃、味噌汁は少ししか飲まなかった。なぜ祖母の作る味噌汁は母と違って塩辛いのかと聞くと、「昔の人は濃い味が好きだから」といっていたが、当時その意味がよくわからなかった。時は流れ、私がサラリーマンになった時、90歳になり体が弱ってきた祖母を自宅介護することになる。その時に祖母は昔の話をしてくれた。

戦前に亡き祖父と共に満州に渡り、小さな会社の経営を手伝いながら、満州で私の父を出産したこと。しかし、太平洋戦争が始まり、祖父が徴兵されてしまったこと。戦争で多くを失ってしまったこと。日本の敗戦が決まるころ、中国の人々に助けられながらなんとか子供を抱えて満州から逃げ延びたこと。焼け野原となった故郷に帰って、一生懸命に子供たちを3人育てて、気が付いたら孫がたくさんできたこと。一つ一つが映画のような話だった。

家族と共に祖母の最後を看取った。その1年後に勤めていた会社を退職し青年海外協力隊でカンボジアに行くことになる。今思えばそういう運命だったのだと思う。 カンボジアは内戦が終わり、人々が平和な暮らしができるようになって10年程度という国、この国で様々なことを経験させてもらった。田舎でホームステイをさせてもらった時のことだ。料理の味がとても濃く、塩辛かったのである。カンボジア料理といえば、比較的、日本食に近い、優しい味が多いのだが、ホームステイ先のお母さんが作る料理はとても濃い味が多かった。後で知るのだが、これには家計が貧しく、おかずがたくさん作れないため、濃い味のおかずを作って、ご飯をたくさん食べることで空腹を満たす工夫であったらしい。この時私は、遠いカンボジアの地で、20年近くの時間を経て、祖母の味噌汁の味を思い出したのである。

祖母が遺言として残した我が家の家訓がある、「ご飯はみんなで一緒に食べること」日本の皆さんは守れているだろうか?カンボジアの人々はみんなでご飯を食べることをとてもとても大切にしていらした。町で唯一の日本人である私が、町の食堂で一人ご飯を食べていると、食堂を営んでいる家族が、なぜか一緒のテーブルで食べてくれた。「ほら、みんなで食べた方がおいしいじゃない」おっしゃる通りである。そんなカンボジアの人々の温かさに支えられ、2年間という貴重な時間を過ごすことができた。苦労や辛いことの方が多かったはずだが、不思議と暖かい思い出や楽しい事しか覚えていない。

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