スズキ? ホンダ? トヨタ?(鈴木健太/H21年度1次隊・カメルーン・小学校教諭)

私の任国は、アフリカの中央にあるカメルーンという国だ。特に、観光もなく、産業もない。どこにあるのか分からない。だけど、みんな知っているカメルーン。その理由は、サッカーである。2002年の日韓ワールドカップ。カメルーン代表は大会開催前にキャンプ地大分県中津江村に5日間遅れて到着し話題となった。カメルーンというと誰もが連想するエピソードである。

そんなカメルーンに、私は赴任し、青春の2年間を過ごした。

カメルーンでは、やはりサッカーが好きな人間が多い。他に手頃にできるスポーツがないことが一番の理由かもしれないが、とりあえず子どもはペットボトルだの、丸めた服だのを蹴っている。子どもがサッカーをしていると、通りかかった大人がよく乱入するのを目にする。小さな子どもたちを相手に全力でプレーをする姿は、まさに大人げない。詰まるところ、みんなサッカーが好きなのだ。

2010年6月、ワールドカップが開催された。運が良いのか悪いのか、任国カメルーンと自国日本が対戦することになった。彼らは僕にこういう「2対1でカメルーンの勝ちだ!」「8対1でカメルーンの勝ちだ!」と。カメルーンの勝ち! けれども日本は1点は入れるらしい。なぜだろう? 理由を聞くと、9年前にカメルーンと日本は対戦したことがあるという。その時に2対0でカメルーンは負けているのだ。そのトラウマから無失点では勝てる相手ではないと思っているのだ。なるほど。さらに話を聞けば、失点した2点とも「鈴木」という選手が決めている。彼らは言う。「鈴木は危ない男だ」

そんなこんなで試合の日になった。いつも呑気で、にこやかな彼らに似合わず、殺気のオーラが漂っている。これはまずいと思った。「日本、負けろ」「カメルーンに花をもたせてやってくれ」と願った。

結果、1対0で日本は勝った。外をのぞくと、若者が怒りのぶつけ所を求め、草刈りに励んでいた。よく見ると、近所の友人だった。いつもは「暑い」「疲れた」と言ってばかりの怠け者の友人は黙々と草刈りに励んでいた。力の限り斧を握り、力の限り振り回す、草があろうがなかろうが・・・。周りを見れば、彼だけではない。あれほど多くの草刈りをする人たちを見たのは、これが最初で最後であった。

覚悟はしていたが、試合後1、2ヵ月は、通りを歩けば、例の試合のことばかり。みんな怒っていた。「本田は良くない!」「なんで金髪なんだ(怒)!良くない!」(本田選手がゴールを奪った)。 しかし、徐々に怒りを笑いに変える者もでてきた。「SUZUKIの次は、HONDAが決めたな。次は、YAMAHAか?」「いや、TOYOTAだ!」「なぁ、スズキ。お前はどう思う?」。ゲラゲラ笑ってる。カメルーンには、バイクが多い。SUZUKI、HONNDA、車はTOYOTA。それ以来、私は下の名前で呼ばれなくなった。僕の名前はSUZUKI。自己紹介の鉄板は、「TOYOTAじゃないよ、SUZUKIだよ」。国境の壁はなくなりました。

普通過ぎて、自分の名前という認識のあまりなかった「鈴木」。
多すぎて呼ばれることのなかった「鈴木」。
カメルーンのある事件がキッカケで、私は自分の名字が好きになった。
異文化っておもしろい。

 

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