ミャンガンマルタエ (谷口昌子/H18年度1次隊・モンゴル・デザイン)

「ミャンガンマルタエ」という言葉がモンゴルにある。直訳すると「(家畜)千頭持ち」という意味で、所有する家畜の数が多い遊牧民、つまりは日本語でいうところの「百万長者」に通じる。2006年にモンゴルの国立美術大学に講師として派遣された私は、この言葉を本当に頻繁に使っていた。

というのも、家族との関係を大切にし、子どもは宝と若いうちに結婚、出産する女性の多いモンゴルで、20代後半(当時)になっても独身で子どもの1人もいない私はかなり珍しい上にかわいそうであるらしく、世話好きの現地の友人、同僚、上司が一丸となって私にモンゴル人男性を紹介するのが日常になっており、その断り文句として「ミャンガンマルタエ」が登場するのである。
たとえばこんな風に。

同僚「ミャンガンマルタエ(千頭持ち=お金持ち)紹介するわよ〜」
私「ホユルミャンガンマルタエ(2千頭持ち=すごいお金持ち)じゃなきゃヤダ」

百万長者に億万長者をと返すような言葉遊びに、みんな笑って毎日声をかけて来てくれた。

ある日いつものように同僚が
「今度こそほんとにいい男紹介するから!」
「ちょっとやそっとの男じゃだめだね。二千頭持ちでないと」
と、こちらもいつものように返したところ、
「4千頭持ちなのよ!さあ、いくわよ!」

そうして私は、そのまま職場から約300キロ離れた草原に連れて行かれ、人生初のお見合いをモンゴルの遊牧民相手に経験することになったのだった。

同僚の親戚というそのお宅は、四千頭持ちというくらいに立派なゲル(モンゴルのテントのような移動式住居)。伝統的な住まいにしつらえられた伝統的な家具。その中でお母様がつくったという現代的なレース飾りがあしらわれ、いかにも上流階級遊牧民の匂い。お上品なお父様とお母様はめったに来ない日本人に大興奮、しかし当のお見合い相手は不在だった。
聞くと、外で作業をしているという。もうすぐ帰ってくるから迎えに行ってきたら、という言葉に促されて外に出るも、はるか彼方に馬や牛、羊の群れがかすかに見えるのみ。同僚があれ、といっても私には点が動いているようにしか見えない。
あ、ちょっとずつ近づいて来た。牛馬に混じって人らしいものが見えてくる。
「あれよあれ!あの真ん中の子がそう!」
同僚の叫びに、やっと私の目を捉えたのは、暴れる子馬を両脇から抱えこむたくましくも野性的なモンゴル男性の姿だった。
(夫婦喧嘩したら背骨折られるよ!)

その後ゲルの中で親戚一同見守る中、彼と私の会見の場が持たれるも、親戚の方々と私との会話のみがはずみ、彼とは一言も言葉をかわさず、目もあわさず、その場を後に。

結局そのお見合いは「私にはもったいないお話です」とお断りした。あんなに壮大で、ワイルドなお見合い、もう二度と経験できないと当時を懐かしく思い出しつつ、現在も独身の今、ちょっとだけ惜しいことをしたな、と思う。

 

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