ぷらびだ(角 彰輔/H16年3次隊・コスタリカ・村落開発普及員)

コスタリカ独特の挨拶に「Pura Vida(プラ・ビダ)」という表現がある。日本語に訳すと「自然体な人生」となるだろうか。肯定的な意味を持つ言葉で、「元気?」「プラ・ビダ(まあね)」のように日常の挨拶で使われるだけでなく、「テストはどうだった?」「プラ・ビダ(まあまあだね)」、「腰痛は治った?」「プラ・ビダ(ましになったよ)」、「仕事は順調?」「プラ・ビダ(ぼちぼちだね)」といったように、さまざまな場面で使われる万能な表現だ。この言葉からは、コスタリカ人の「何事も考え過ぎず、気楽に楽しく生きよう!」という精神が伝わってくる。

ある日、8歳になるホストファミリーの娘さん、アマンダと遊んでいたとき、彼女は小石がゴロゴロ転がっている場所を裸足で走り回っていた。遊び道具にしているおもちゃの車をよく見ると、前輪がひとつ外れている。「転ぶと危ないぞ!」と言うと、「プラ・ビダ!(へっちゃらだい!)」と言い返されてしまった。普段へらへらしている幼いアマンダがとてもたくましくみえた。ふと、思い出す。最近の日本では無邪気に遊ぶ子どもたちの姿をあまり見かけなくなったなと。コスタリカの子どもたちは、何でもおもちゃに変えて、みんな仲良く泥だらけになって遊んでいる。もちろん喧嘩も多いが、夜には仲良くなっているか忘れてしまって次の日にはまた同じように遊んでいる。日本の昭和の時代も時には喧嘩もし、物がなくても自分たちで遊びを発明していたじゃないか。揉め事を裂けようとする精神を無駄に養い、考える力をいつから我々日本人はなくしてしまったのか。

アマンダに「学校に『いじめ』はあるの?」と聞くと、「いじめってなに?」と、反対に質問されてしまった。コスタリカでは、家庭でもニュースでもいじめが話題になることはない。この『いじめ』という単語を説明するのにも一苦労だ。決して恵まれた環境で生活しているとはいえない彼らだが、人生を楽しくポジティブに生きるということについては、我々の何倍も知っているのではないだろうか。

僕はもともと「お気楽タイプ」の人間だったのだが、コスタリカにはもっと「お気楽」でおおらかな人が多く、僕の気楽さは彼らの足元にも及ばない。残念ながら、「プラ・ビダ」のような言葉は日本にはない。日本人は真面目で勤勉だといわれるが、それが一体どれほどの価値があるのだろうか。ここ日本でも成功するのはいわゆる異端児であり、人とは異なった考えの持ち主だ。横に習えはもういらない。さらに、コスタリカのような楽天的精神がもっとあってもいいのでは? 何か壁にぶつかったとき、「プラ・ビダ精神」でいけば、少しは気が楽になり、新たなアイデアもでてくるというものだ。コスタリカでの生活から、“あくせく働くだけでなく自然体でどうにかなるさ”精神で時間が流れるままに生きていこうと思った。

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