調節する力(青木 はつ江/H15年度1次隊・タイ・作業療法士)

タイに赴任した始めの頃、私は、自分のアパートや職場によく現れるヤモリを毛嫌いしていた。見るだけで私の顔に嫌悪感が浮かび上がる。職場でもヤモリの姿にいちいちびっくりする私に、同僚ティムは言った。「ヤモリがあなたに何か悪いことをしたのか?」と。その問いにはっとした。続けて教えてくれた。「ヤモリはあなたの血を吸うでもなく噛むわけでもなく、蚊とか虫を食べてくれる。むしろ人間にいいことしてくれているよ」と。それからヤモリへの見方が変わり、嫌いという気持ちがうすれ、慣れていった。

その後にまた別の同僚プロンティップが言った。「ヤモリは敵から身を守るために場所によって自分の色を変えるんだよ。あなたも遠い日本からわざわざやって来たのだから、ヤモリのように、まわりの環境に合わせて自分を調節する必要があるんじゃないの?」と言われた。ヤモリは自然に自分の体の色を周囲の色に合わせて調節している。ヤモリってえらいと思った。

だからといって、ヤモリは壁や柱に全く同化してしまうわけではない。任地の人と私が同じになれるわけでもないし、同じになったら意味もないとも思った。周りに適した色になりたいものだと思った。

暑ければ服を調節するなり、日陰に移動するなり、頭を働かせ、自分が快適でいられるように自分で行動できるようにしようと思った。もちろん調節が必要なのは、暑さだけでも、ヤモリとのつきあいだけでもない。

タイでは麺を食べる時、しょっぱさ、辛さ、甘さ、酸っぱさを自分の好きに調節できるよう食堂のテーブルに調味料が置かれている。自分がどうであれば自分好みになるのか、より快適であるのかを考え調節するのは自分だった。それは、自分の好みを知り、まわりもよく知らないと調節できない。ヤモリを嫌いどころかえらいと思え、ヤモリとつきあいやすくなったのは、慣れたからだけでなく、ヤモリのことを知ったからでもある。

自分がどう選んで、快適にできるかは自分の責任でもあるように思った。調節していくことが必要なのは、何もタイにいる時だけではないと感じている。うまくいかなくて人のせいにしたくなる時、私は何を感じているのか問いかけヤモリのように自ら調節するぞと、今、言いきかせている。

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