心のバリアフリー(太田智之/H17年3次隊・ネパール・経済・市場調査)

始めはただの虫刺されでした。ある日、右足のふくらはぎに赤い点ができていました。1週間が経ち、10日が経つうちに、それは赤く腫れ上がり、赤黒い粘液を出し始めました。当初は軟膏をつけて対処していましたが、赴任して1年半が経ち、活動も佳境に入ってきた頃で、毎日のように村を歩き回っていたせいか、膿が生成されるスピードに軟膏の効果が追いついていないのは素人にもわかる状況となっていました。

熱が出始めた為、病院に行くと「すぐに手術しなければならない」との診断が出て、私はその日の内に手術を受けることになりました。結局、10日間の入院で二度の全身麻酔の手術を受けた後、無事に退院することが出来ました。しかし、抜糸はまだされておらず、松葉杖をついている状態でした。

普段は気づかないことでも、自分がその立場に置かれてみると分かることがあります。今回の経験で分かったことは、カトマンズ(私の任地)の道はいかに歩きにくいかということです。より正確には、健常者ではない人間にとっては、いかに歩きにくいか、ということです。

カトマンズはネパールの首都で都会です。街中の道路は舗装されており、車も頻繁に行き交います。しかし、道の表面はデコボコで、いたるところに大きな穴があいています。その上、歩道と車道の段差も大きく、松葉杖でゆるゆる歩く身には、ただ歩くだけでもかなりの重労働になりました。

汗だくになりながら四苦八苦歩いていると、つい「日本だったらもっとバリアフリーが進んでいて歩きやすかったのに」と思わずにはいられません。しかし、思いがけず助けられることも多々あります。バスに乗る際には、必ずと言っていいほど周りにいる人(もちろん私とは面識のない人です)が乗り降りを助けてくれます。またある時は、大雨が降った後で道の穴ボコが池となって道路を覆っていました。どのように進もうかと難渋していると、通りがかった若い兄ちゃんが私を背負って、その大きな水たまりの中を歩いて渡らせてくれました。ネパールは物理的な意味でのバリアフリーは整備されていませんが、その不足を補って余りある心のバリアフリーは豊かです。

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