タロウのこと(稲垣 仁/H4年度3次隊・ラオス・獣医)

青年海外協力隊員として2年間暮らしたラオスでの出来事です。「奇形の子牛が生まれた。肛門がないんだ」という連絡があり、郊外の農場に往診に行くことになりました。診察すると、確かに子牛には肛門がありません。さっそく午後から手術をすることにしました。「難しい手術になるかもしれないよ」と言うと、周りのラオ人達は、「大丈夫、大丈夫。やるだけやってダメなら食べれば良いのさ。子牛の肉はうまいからな」と、もう半分宴会気分でした。

午後2時半手術開始。暇なのか大勢の人が集まって来て、子牛を農家の庭先にある古いベッドの上に押さえつけていました。本来なら肛門があるべき場所に局所麻酔を注射し、切開しました。すぐに直腸があると思っていました。ところが、ないのです。指を入れて探ると骨盤にも奇形があり、指一本がやっと通るくらいしか隙間がありませんでした。周りには、あきらめムードが漂っていました。今にも焼肉パーティーの準備を始めそうな雰囲気でした。ここでやめたら、この子牛は本当に今日の夕食になってしまいます。今度は右の下腹部を開ける事にしました。なんとか直腸の端まで届きましたが、周りとの癒着が激しくなかなか取り出せませんでした。

数分後、やっと直腸の先端を引っ張り出すことができました。先端は完全に閉じ、袋状になっていました。先端を切り取り、右の下腹部に開けた穴に直腸を縫い付けました。結局3時間もかかる手術になってしまいました。子牛は衰弱が激しく、周りの人たちも助かるかどうか半信半疑でした。次の日様子を見に行くと、子牛は立ち上がって母牛の乳を飲んでいました。ちょっとでも母牛が離れると、ミューミューと鳴いて母牛を呼びます。

飼主のおばさんが名前を付けてくれと言うので、「タロウ」と名づけました。私が「タロウ」と呼ぶと、周りに集まっていた子供たちも喜んで、「タロウ、タロウ」と呼びました。まるで夢の中のような一時でした。1週間後、タロウは死んでしまいました。手術後、タロウは母牛の乳もよく飲み、便も出ていたのですが、6日目くらいから元気がなくなり、ちょうど1週間目に死んでしまったのです。

タロウのなきがらのそばで立ち尽くしていると、飼主のおばさんがやって来て言いました。「もし手術してくれなかったら、こんなに長く生きられなかったんだから気にしないで。でもこうやって、かわいがって名前まで付けたら、もう食べるわけにはいかないね。埋めてやることにするさ…」。ひょっとすると、私がしたことは、この国の人たちにとっては余計なことだったのかもしれません。母牛を呼ぶタロウの声が、今でも耳の中に残っています。

 

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