教師の礎(山崎 丈/H2年度1次隊・ガーナ・理数科教師)

私には第二の故郷と呼べる場所があります。それは、ガーナ共和国セントラル州ケープコースト(現地名オグワー)です。そこには、約10ほどのセカンダリースクール(中高等学校)がありました。その一つケープコースト大学附属高校には、私が尊敬してやまないミセス・アダム校長先生がいつも威厳を持って、教員や生徒に接してくれていました。彼女は、最近日本人の教師が忘れかけた教育の本質を、私に示してくれました。

赴任して2ヶ月が過ぎたある日、朝起きると声が出なくなりました。しかし、子ども達に迷惑はかけられないと、黒板に指示だけを書いて進める『声なし授業』を二日間も続けました。放課後、私より年上の生徒の勧め通り、20km離れたビリワの同期隊員の所に行って、日本語で話しをすると、すっと直りました。原因はストレスでした。英語や現地語がうまく話せず、コミュニケーションがとれなかったせいでしょう。赴任後、英語が得意ではなかった私は、英語力向上のため、日本人に会わないようにしていたのです。

翌日、校長に呼ばれました。「声が出るようになってよかった」「がんばってくれているのはうれしい。ありがとう」などと言われた後に、次のように言われました。

タケ、あなたが一所懸命やってくれているのは、生徒だけでなく、同僚の教師にもいい影響を与えている。本当に、感謝している。ありがとう。でもね・・・(校長が、おもむろに校長室の窓から見えている火焔樹に目をやった)
タケ、あの赤い火焔樹の花は見えているかい? タケを見ていると、ガーナの美しい火焔樹の花やきれいな鳥の声が、聞こえていないような気がします。教育者は、花や鳥などの自然を見て、美しさなどを感じる『心の余裕』を持って、子ども達に接することが大切なのです。タケには、そういう教師になってほしいと願っています。

 

ただ、日本の受験勉強のように、早く正確に数学の問題が解けるだけを教えようとした新米教師には、衝撃的な内容だった。教育大学在学4年間では、学ばなかった教師の真髄を教えて頂いたような気がしました。それからの3年間のガーナでの教師生活はもちろん、帰国後の日本での十数年に及ぶ教師生活でも、校長先生から頂いた言葉を大切に教壇に立っています。赤い花をつけた木をみると、校長先生を思いだし、ガーナでの初心に戻ります。メダワセ・アイ。

 

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