JOCAっぱハウス遠野 開所式(2011年11月)

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挨拶される本田市長

2011年10月16日、ついに我々の拠点となる場所が決まり、その開所式が執り行われました。その名称は「JOCAっぱハウス遠野」です。

当日は朝から小雨交じりの天気でどうなるかと思いましたが、式が始まる前には青空となっていました。開所式には本田敏秋遠野市長をはじめ、今までお世話になった方々を含め100名ほどの方にご参加頂き、盛大なものとなりました。司会は佐藤育子OG(17年度2次隊/ガーナ/エイズ対策)が担当。とても落ち着きのある臨機応変な司会ぶりで、隊員派遣時の職種が「放送」と言われてもおかしくないくらいでした。

金子JOCA会長の挨拶に続いて本田市長からも祝辞を頂き、その後、除幕式となりました。大家さんの佐々木努さんも東京から駆けつけられ、除幕式にもご参加頂きました。

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看板の除幕式

そして、看板について、亀山調整員から説明がありました。

「この名称の発案者は、大井聡美OG(21年1次隊/キルギス/養護)です。現在は大槌町の図書館司書として精力的に活動しております。

『JO』の青は、JOCAのロゴでデザインである青からきています。『CAっぱ』の緑は、遠野の名物である河童の緑とし、『ハウス』は温かみのある家をイメージし暖色系のオレンジとしました。『遠野』の黒は、日本の原風景より受けた印象としての黒基調としました」

イメージキャラクターは、亀山調整員の奥様(亀山佳子OG、12年2次隊/ジンバブエ/保育士)がデザインしました。カッパが抱えているのは我々と同じ、熱いハートです。特にJOCAの国際色を表現したく、ハートは地球儀を模しています。 

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決意表明を述べる渡辺調整員(中央)
後ろには国内協力隊員が並ぶ

この後、大家の佐々木努さんからお言葉を頂きました。我々の活動そして、ボランティアに対して温かなエールを頂きました。そして、この努さんのご実家をお借りできるまでに、その陰で多くの方々のお力添えがあったことを再確認しました。

開所式の最後には国内協力隊隊員17名と調整員3名の代表として、渡辺調整員から決意表明がありました。
 

 

「今日に至ったのは、遠野市をはじめとする地域の方々の協力、そして短期ボランティアとして被災地で活動してきた隊員たちの努力があったからこそのもの。このことに心から感謝をしたい。青年海外協力隊隊員の活動をトンネル工事に例えるならば、協力隊の活動というのは、トンネルの真中を掘るようなもので、誰にも見られることのない活動である。我々は黒子に徹し、地域に寄り添う存在。これは国内協力隊隊員にも言えること。これからも黒子として地域に寄り添っていきたい」

このトンネルの話には、全くの同感です。我々の被災地支援はいつか撤退を迎えます。その時まで、黒子としてトンネルを掘り続けていきたいと思います。 

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厨房を取り仕切る寺田シェフ

その後、世界4か国の料理と4か国のビール(ジャマイカ、ケニア、ラオス、タイ)などを取り揃えた開所記念パーティーがありました。これらの料理やビールは初めてと言う方もおり、評判よく成功裡に終わりました。

この料理の陣頭指揮を取っていたのが、寺田誠OB(16年2次隊/ジンバブエ/料理)です。さすがは10年以上の経験を持つ寺田シェフ、味はもちろんのこと、その手際も見事なものでした!
 

最後は、保坂常務理事の切れのあるスピーチで締めとなりました。

開所式準備中に停電になるというアクシデントに見舞われましたが、途上国での経験から、停電慣れしている協力隊経験者たちは、あまり気にすることもなく、優先順位を考え、的確に対応していました。その後、電気は復旧しましたが復旧時にプロジェクターが故障するというさらなるアクシデントあり、協力隊の活動紹介上映会は急遽中止となりました。停電時に炊飯器を使わせてくれた隣の菊池定見さん、ありがとうございました!

今回は遠野市民の方々、短期ボランティア、国内協力隊員、JOCA本部など、多くの方々のおかげで、この開所式を無事執り行うことが出来ました。心より皆様に感謝しております。

今後はここを拠点に、多くのボランティアが活動し支援していけるよう、地域にとけ込み、そして地域に根ざして活動していきたいと思います。

報告:遠野事務所 業務調整員 久保貴史

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