【JENESYS2.0】2016年度中国高校生訪日団第2陣を受入れ

1. プログラム概要

中国教育部が派遣した2016年度中国高校生訪日団第2陣Aコース計125名が、10月25日から11月2日までの8泊9日の日程で来日しました。
本事業は「JENESYS2.0」の一環として行われ、訪日団は4分団に分かれ、東京をはじめ、北海道、宮城県、千葉県、岐阜県、奈良県を訪問し、「クールジャパン」を含め、さまざまな分野における日本の魅力、強みを体感したほか、学校訪問・交流やホームビジット・ホームステイ等を通じて、日本の高校生や一般市民との友好交流と相互理解を深めました。

 2. 日程

10月25日(火)

  • 第1分団:成田空港より入国
  • 第2・3・4分団:羽田空港より入国,浅草寺見学
  • オリエンテーション

10月26日(水)

  • セミナー「日本の社会福祉と地域包括ケアシステム」
  • 昼食交流会(日本社会福祉事業大学学生と共に)
  • 第1・2分団:法政大学訪問
  • 第3・4分団:上智大学訪問
  • 歓迎会

10月27日(木)

  • 第1分団:北海道へ移動,NPO法人花凪視察
  • 第2分団:明治神宮見学,社会福祉法人仁生社水元園視察
  • 第3分団:岐阜県へ移動,大垣市社会福祉協議会視察
  • 第4分団:奈良県へ移動,奈良県社会福祉協議会視察

10月28日(金)

  • 第1分団:学校交流(市立札幌大通高等学校)
  • 第2分団:学校交流(東京都立戸山高等学校)
  • 第3分団:学校交流(岐阜県大垣工業高等学校)
  • 第4分団:学校交流(奈良県立法隆寺国際高等学校)

10月29日(土)

  • 第1分団:白い恋人パーク見学,体験プログラム(サッポロピリカコタン(アイヌ文化交流センター))
  • 第2分団:宮城県へ移動,体験プログラム(みやぎ蔵王こけし館こけし絵付け体験),御釜見学
  • 第3分団:大垣城見学,国営木曽三川公園見学
  • 第4分団:奈良公園見学,奈良町都市景観形成地区見学,体験プログラム(民泊・奈良県明日香村)

10月30日(日)

  • 第1分団:アンデルセン福祉村(日本医療大学内)視察,東京都へ移動
  • 第2分団:かまぼこの国笹かま館見学,せんだいメディアテーク見学,大崎八幡宮見学
  • 第3分団:体験プログラム(竹とんぼ・万華鏡製作),東京都へ移動
  • 第4分団:体験プログラム(民泊・奈良県明日香村),三条通見学,東京都へ移動
  • 東京都庁見学

10月31日(月)

  • 第1分団:浅草寺見学,学校交流(東京都立小岩高等学校)
  • 第2分団:学校交流(宮城県仙台東高等学校)
  • 第3分団:学校交流(東京学芸大学附属高等学校)
  • 第4分団:学校交流(千葉県立木更津東高等学校)

11月1日(火)

  • 第1・3・4分団:フジテレビ視察
  • 第2分団:東京都へ移動
  • 商業施設視察
  • 歓送報告会

11月2日(水)

  • 第1分団:日本民家園見学,羽田空港より出国
  • 第2・3・4分団:羽田空港より出国

中国高校生によるパフォーマンス(歓迎会)


学校交流の様子(都内)

ホストファミリーとの対面式(奈良)

4. 参加者の感想(抜粋)

今回の9日間の訪問交流では、大変充実した多くのよい思い出ができました。一番印象に残ったのは、日本の高校生との交流でした。北海道札幌大通高校を訪問交流した際、英語の授業を受けました。5名の日本人高校生と同じグループになりました。最初は、お互いに緊張して笑い合うだけでした。しかし、授業が進むにつれ、活発な交流を行うことができるようになりました。中国語の漢字を綺麗に書ける人も中にはいました。日本の高校生たちは中国に対してとても興味を持っていました。色々な質問を受け、私もできるだけ答えました。

また、私からも日本や北海道について質問しました。私は日本の高校生たちに中国語や中国語の漢字を教え、日本の高校生たちは私に日本語を教えてくれました。同時に、授業中には一緒に英語を勉強しました。グループのメンバーから手作りの民芸品・お餅を頂きました。私から中国の切り絵をあげると、皆とても嬉しそうでした。写真を撮ったりメールアドレスを交換したりしました。短い時間でしたが、深い友好関係が生まれ、別れたくないほどでした。

今回の訪日プログラムは終わろうとしていますが、帰国後、私が日本で見たこと・聞いたこと・日本の学習生活などを周りの人々に紹介したいと思います。そして、議論や交流の機会に率先して参加し、日中友好交流の懸け橋となりたいです。日中青少年の友情がいっそう深まっていくことを願っています。 


 日本に滞在した数日間を通して、私はこの国が好きになりました。面積はそれほど大きくありませんが、国民は、真面目で礼儀正しく、お互いに尊重し合い、温かい心でおもてなしをし、常に笑顔で人に接します。これは、私の日本人に対するそれまでのイメージと全く違いました。東京の近代的な様子・北海道の自然の豊かさが心の琴線に触れ、日本に対する印象がよくなってきています。日本の学生たちは、私たちと同じように活動的で天真爛漫であるだけでなく、私たちの持っていない学習能力・思考力をも持っています。日本には日本のよいところがあり、中国には中国のよいところがあります。両国はお互いにそれぞれの長所を学び合ったり、win-winの関係を構築したりして対立を避けるべきです。両国の人々は皆平和を愛し、両国の友好交流が進むことを望んでいます。 


東京タワーの壮観な眺め、北京万里の長城の果てしなさ; 北海道の雪後の景色、ハルピンの氷彫刻の壮大さ;日本高校生の熱心さ・活発さ、中国高校生の明るさ・饒舌さ; 日本のすべてに、とても興味があります。ここの景色を見て、故郷の景色を思い出して、心が温かくなりました。生ものが食べられないので、多くの日本料理が食べられませんでした。しかし、通訳さんの助けによって、毎日自分の好きな料理が食べられて大変嬉しかったです。日本の皆さんが心を込めておもてなしをしてくださり、異国から来ている私は、皆さんの温かさを感じました。言葉は通じませんでしたが、皆さんの優しい眼差しは様々なことを教えてくれました。社会福祉の研修を通して、高齢化社会に対する考え方が変わりました。以前は、高齢化は社会発展の問題だと思っていました。しかし、現在は、一人ひとりの老人に幸せをもたらすものであり、とても素晴らしいことだと考えています。中国も高齢化に直面しているので、この分野の知識や学問をより探求したり、日本の知識や経験も参考にしたりして、祖国の発展に貢献したいと思います。今回の訪日交流では、本には載っていない知識を多く習うことができました。日本の皆さんから心のこもったおもてなしを頂きまして、心より感謝いたします。 


今回の訪日交流は深く印象に残りました。なかでも次の二つのことが特に印象に残りました。一つ目は、日本の二つの高校を訪問したことです。日本の高校生の学校生活を体験しただけでなく、日本の高校生たちの優しい心・おもてなしの気持ちなどもたくさん感じました。例えば、私たちが理解できるように、わざわざ英語で紹介してくれました。私たちがわからないときには、携帯電話を使って中国語を調べて一つひとつを詳しく説明してくれました。もう一つは、学生だけでなく、同行スタッフのSさん・Nさん・Kさんに大変お世話になったことです。私たちの気持ちをよく理解し、いろいろな場面で対応してくださりました。スタッフの皆さんの温かい心遣いや私たちのために流してくださった汗に深い感銘を受け、私を含め、中国の高校生全員が感謝しています。帰国後、日本で見たこと・聞いたことを同級生・家族・友達に話し、日本の伝統文化、例えば茶道・太鼓などを紹介したいと思います。また、日中友好に力を入れてPRを行い、若い世代の日中友好関係の促進に貢献したいと思います。私個人としては、一生懸命勉強して日本へ留学したいと考えています。日本に来て中国の文化を紹介し、また、習った日本文化も中国に持ち帰りたいです。最後に、日中双方が協力し合い、強固な日中交流の懸け橋が構築されることを期待しています。 


まず、日本は環境が素晴らしく、交通状況もよく、空気も綺麗であることに驚きました。中国と違って日本は様々な場所にゴミ箱が少ないです。日本の皆さんは自分でゴミをきちんと分別して捨てます。そのうえ、日本の道路は綺麗で秩序立っており、自動車を運転している人は歩行者に道を譲ります。これらのことに感動しました。また、日本人の礼儀正しさ・自己抑制・謙遜などの国民性に感心しました。景勝地・ショッピングセンター・そこかしこの街角で、人々はお互いに挨拶し、譲り合います。日本の学生たちが制服を着て、整然と並んで通りを歩く姿を時々目にしました。日本人の国民性は若者にも受け継がれていると感じます。日本滞在中、浅草寺・大崎八幡宮などの名勝・旧跡にも訪れました。このような旧跡はしっかりと保護されており、壮大で美しかったです。日本人は名勝・旧跡の保護を非常に重視していることがわかりました。最後に、お寿司・味噌汁・お刺身・天麩羅などが大変美味しく、日本料理が好きになりました。今後、機会に恵まれれば、また日本に来たいと思います。 


今回の日本滞在で一番印象残ったのは、次の二つのことでした。一つ目は、法政大学で社会福祉の講義を受けたことです。

他の講義もよかったですが、特にこの講義は私にとって一番よい勉強になりました。「福祉士」の成り立ちや社会での役割などがわかりました。福祉士は老人・障害者にサービスを提供し、社会と国民生活に貢献しています。中国では、福祉関係の講義を聞いたことがなく、大学にこのような専攻もないと思います。社会の弱者の気持ちを聞き、力を入れて彼らの困難を解決しようとすることは、大変有意義な仕事だと認識しました。

二つ目は、仙台東高校を訪問、交流した際のことです。私は、二人の日本人の高校生と一緒に食事に行きました。そのうちの一人の女の子と話しをしたり、一緒に写真を撮ったりしました。午後、授業を受ける時には、私の前に座った彼女が一枚の紙を渡してくれました。その紙に英語と中国語の8つの言葉を書いて、仙台と日本について紹介してくれました。彼女は英語に苦手意識があり、最初の交流の時にはお互いにうまく意思疎通を図ることができず、他の学生が助けてくれました。

しかし、彼女は私に英語と中国語が書かれている紙を渡してくれました。彼女が英語の単語・中国語の単語を調べて書いてくれたということを知り、とても感動しました。また、初めて来た町で、心を込めて自分のことを考えてくれた人がいることを知り、とても感動しました。日本人の皆さんの親切さと素晴らしさを感じました。

仙台東高校で世界史の授業を受けた際、私の隣に座っていた日本の高校生がずっとノートを取っていました。時々、電子辞書を使って何かを調べていました。この行動の意図が全くわかりませんでした。授業が終わってから、彼はその取っていたノートを私に渡してくれました。そこで、あの時のことがやっとわかりました。それは、私のために取っていた授業のノートであり、私が理解できるように全部英語に翻訳してくれていたのでした。そのノートをもらった時、深く感動しました。日本の高校生たちの温かい心を、中国の高校生たちに伝えたいと思います。 


日本滞在中、次の二つのことが深く印象に残りました。一つは、蔵王山を見物したことです。その日は、風が強く、とても寒かったです。私たちは帽子をかぶって、マスクをして、頂上に登りました。頂上は霧が立ち込め、雪に覆われていました。火口のところでは緑水が揺らぎ、鏡のような湖がありました。私は初めてこのような綺麗な景色を見ました。写真もたくさん撮りました。

もう一つは、仙台東高校を訪問したことです。一日中、日本の高校生と一緒に授業を受けたり、交流を行ったり、食事をしたりしました。わからない授業内容を英語に訳してもらいました。昼食の際には、熱いお粥も用意してくれました。日本の高校生の案内で校内を見学し、部活にも参加することができました。お互いに球技スポーツについて話し合い、友好関係を築くことができました。

別れ際、お土産と連絡先を交換し合いました。その時には離れがたい気持ちになっていました。今回の訪日交流は、日本の文化や知識・知見を得たことよりも、中国の高校生と日本の高校生の間に深い友好関係を結び、相互理解交流の懸け橋を築けたことが一番重要な成果だと考えています。

帰国後、日本のことについて、次の二点を中国の高校生たちに伝えたいです。一つは、日本人の礼儀正しさです。日本の高校生や一般の人々が他者に対しても礼儀正しいということを中国の高校生たちに伝え、それを見習ってもらいたいです。もう一つは、日本の社会福祉の状況です。日本の福祉政策、福祉施設の状況を中国の高校生たちに伝え、自主的に中国と日本の福祉面の相違を比較し、考えてもらいたいです。 


「JENESYS2.0」 2016年度中国高校生訪日団第2陣に参加できたことを大変嬉しく思います。そして、多くのよい思い出を残すことができました。特に一番印象残ったのは、日本における完璧な福祉施設でした。私が所属したAコース第2分団では、福祉関係の講義を受け、高齢者福祉施設を見学しました。講義と見学を通じて、日本政府が福祉施設の建設に力を入れてサポートしていること、そして、ハイレベルな監督・管理体制がとられていることがわかりました。日本は、高齢化がかなり進んでいる国であると言われています。高齢化に対応するために、先進的な科学技術、特にロボット技術を福祉施設などに活用しています。中国も高齢化が進んでいますが、日本政府の高齢化対応措置は中国にとっては大いに参考にできるものであると思います。今回の日本滞在は、日本の民俗・慣習を体験し、日本人の親切さ・おもてなしの心に感動しました。また、清潔な環境も大好きになりました。このようなことを帰国後に周りの友人に伝えたいと思います。今回の訪日交流では沢山の成果があり、非常によい勉強となりました。また、日中両国の青少年の友好交流を促進できたと信じています。私は、今後また日本を訪れて、日本のことをより深く勉強し、日中友好の懸け橋となりたいと思っています。 


日本滞在中、最も印象に残ったのは学校訪問でした。教室に入って、同じ年代の日本の高校生たちの生活・勉強を見たり、日本の教育カリキュラムを体験したりしました。そして、日本の礼儀が脳裏に焼き付きました。訪日交流の最初から最後まで、日本の礼儀文化に大きな感銘を受け、日本が礼儀の国であるということを認識しました。このことを中国の皆さんに伝えたいと考えています。日本の礼儀を私たちは習うべきであり、また、日本の高校生たちの優れた品格も見習うべきです。日本の環境保護の素晴らしさも中国の皆さんに伝えたいと考えています。日本の街並みがとても清潔で、空気が綺麗で空が透き通るように青いです。そのうえ、ごみの分別もとても細かく行われています。すべての日本人が環境保護の意識を持っていることも私たちは見習うべきであると思います。日本の科学技術・文化などの側面でも大変レベルが高く、教わるものがいっぱいあります。 


最も印象に残ったのは、岐阜県の学校訪問です。多くの授業と部活を体験しました。生徒同士での交流では、たくさんの日本文化を感じ取ることができました。日本の先生・高校生のおもてなしに感動しました。最後に雨の中、高校の皆さんが私たちを見送ってくれました。その時、日本人の礼儀の中に再びおもてなしを感じ、深く感動しました。学校訪問の機会を通して、多くのことを学びました。

最も印象深かったことは、岐阜県の学校訪問です。交流の際に言葉の壁はありましたが、熱心に話をしてくれたり、親切に接してくれたりしました。実験のとき、日本の高校生たちは私たちに実験のやり方を細かく教えてくれました。物理の問題のときには、粘り強く私の疑問に答えてくれました。私たちが学校に着くと、朝早くであったにも関わらず皆さんが私たちの到着を待っており、校門で歓迎してくれました。お別れの時、小雨の中で私たちのバスが見えなくなるまで手を振って見送ってくれました。私は日本での食事・伝統文化・日本の環境・日本の風景・日本人との交流について伝えていきたいと思っています。 


大垣工業高校で過ごした一日が印象的でした。一日という限られた時間での訪問ではありましたが、今までにない素敵な体験ができたと思います。活気に溢れた英語の授業のせいでしょうか。 それとも、日本人高校生との相互学習が盛り上がったためでしょうか。おそらく、生徒たちにLED電気を作らせるなど、自ら体験させる授業形式が私にそのような気持ちを抱かせたかもしれません。改めて考えると、ゲームなどを利用して皆が楽しく学べる、そういった雰囲気作りが要因の一つとして挙げられるのではないでしょうか。言葉の壁さえも取り払い、お互いにうまく意思疎通を図ってゲームを進めることができたのですから。英語の授業は生徒が積極的に発言する独特な授業形式でした。すべてが英語で進められる授業でしたが、単語をしっかりと覚えてもらえるよう、先生が事前に準備した単語カードや単語の絵などを生徒自身に取りに行かせるといった工夫された内容でした。このような授業形式は大変有効だと感じました。ランチタイムでは身振り手振りで交流しました。言葉は分からずとも身振り手振りでそれなりに理解できるものですが、私たちが言葉の面で不自由に感じることのないようにという彼らの気遣いを感じました。プレゼントを贈る時に深々とお辞儀をされ「ありがとう」の一言をもらったときは本当に嬉しかったです。この日は皆で一緒にライトを作る授業があり、私の心にもぽかっと火の灯るプレゼント交換となりました。そのほか、面白いゲームでの交流も行いました。交流に役立つように絵を描いて、その上に簡単な英語での説明書きがあったため、ゲームも順調に進みました。本当に楽しい一日でした。帰国後は日本の学習環境を伝え、お互いの友好につなげていけたらと思います。 


日本の文化・飲食・生活が合理的であると感じました。深く印象に残ったのは、以下の三点です。まず、現代社会の交流授業で、日本人の高校生全員が我先にと手を挙げてユニークな発表を行っていたことです。そして、特に英語の交流授業が忘れられません。一緒に英語でディスカッションを行った時、とても感激しました。私たちの質問に対して皆さんが積極的に回答してくれたのです。二つ目は、竹とんぼを作ったことです。職人が私たちにどのように竹とんぼを作るか教えてくれましたが、「なるほど」と感心させられるとても興味深い体験となりました。三つ目は、岐阜県の大垣工業高校訪問時に行った電子回路の化学実験を通しての交流のことです。この授業で私はこれまで自分が学んできたことの成果を感じ取ることができました。帰国後は、日本の青少年のよい点や学校の授業形式、日本食や風景をはじめ、日本で見聞したことを余すことなく友達に伝えていきたいです。インターネットを通じて、みんなに日本の青少年と交流をしてもらいたいです。両国の青少年の友情が末長く続くように願っています。また、老人ホームなどの施設についても今後深く研究したいと思います。今回の訪問を通して、私たちの日本に対する認識を深めることができたと感じています。 


インフルエンザに対する意識の高さを感じました。訪問期間中、一人の団員の気分が悪くなり熱を出す出来事がありました。日本人のスタッフはすぐに病院に連れて行ってくれました。夜、ホテルでは全団員の体温を計測し記録していました。通訳の方の話では、もしインフルエンザに罹っていれば、5日間は直ちに他の団員と隔離しなくてはならず、私たちの今度の訪問予定にも影響するだろうとのことでした。幸い熱を出した団員はインフルエンザではなかったのですが、日本人スタッフは大事をとってシングルの部屋を別途用意してくれました。帰国後、社会福祉をテーマに友人と語り合うつもりです。今回、日本の社会福祉の完璧な対応とその姿勢に感銘を受けました。中国も高齢者が日々増え続けています。制度の改善は必須だと思います。皆で今回の教訓を共有し、問題提起をすることで周りにも影響を与えていきたいです。 


日本の社会福祉は十分に整っています。日本の社会福祉協議会への訪問が印象深かったです。誰に対して福祉サービスを提供するか、目的や目標が明確で、確立されたサービス内容に感動しました。帰国後、皆と一緒にボランティアに参加してみようと思いました! 


この訪問中、様々な、充実した活動以外では、日本人の礼儀正しさと教養が最も印象に残りました。礼儀作法は人々の生活にすっかり溶け込んでいました。訪日後、私は数々の新たな気づきを得ることができました。朝会う人は頭を下げて笑顔で「おはよう!」と挨拶をすること、友人を見送るときに彼らが見えなくなるまで手を振って見送ること、食事ではできるだけ残さないように食べること、ゴミを持ち帰ること、衛生面にも気を使っていることなどです。実際、ゴミなど落ちていないきれいな街並みを目にしました。今日訪問した(高校での交流プログラムの中で訪れた)千葉県の小学校では、一年生の児童たちが懸命かつ楽しそうに床の雑巾掛けをしていました。校長先生の話によると、一年生は教室掃除を行い、二年生はそれに加えて廊下、三年生では階段の掃除が加わり、上級生は運動場などの場所の掃除を任されるとのことでした。みんな小さなころから掃除の大切さを学んでいるのです。また、一人ひとりが皆の迷惑にならないように気を配っています。この点は、自分の周りの人々に最も伝えたいことです。帰国後、規則を守ることの重要性も伝えていきたいです。私たちは自分たちの責任で規則を守るべきであり、好き勝手に行動すべきではありません。ちょっとした意識の持ち方でよりよい社会を作れるに違いありません。 


最も印象に残ったのは商業施設の屋上で見た思いがけない一場面でした。屋上は小さいながらもサッカー場として利用されており、そこでは子供たちが親の見守る中、サッカーの練習に打ち込んでいました。10歳くらいの子供たちだと思いますが、彼らの優れたボール感覚、技術や動作、身体能力、熱心な様子を見た私は驚きを隠せませんでした。しかし、その場の雰囲気にはもっと驚かされました。辺り一面静かな環境の下、サッカーボールを蹴る音だけが響いていました。コーチをはじめ、その場にいる親たちも黙々と練習を見守っているだけの空間に何とも厳かな雰囲気を感じずにはいられませんでした。私は彼らの瞳に彼らの年齢以上のものを感じました。彼らはただ単にボールを蹴っているのではなく、サッカーに対して畏敬の念を抱きながら練習していたのです。日本のサッカー環境を目の辺りにしたと同時に、中国国内のサッカーの現状を意識せざるを得ませんでした。帰国後は周りの人にも日本のサッカー文化を伝え、国内のサッカーについての問題を提起したいと思います。日本のサッカーに学ぶことも可能であり、ヒントを得ることもできると思います。中国のサッカー環境の改善にはまだまだ時間が必要であると考えさせられる一幕でした。 


今回の訪問で印象に残っているのは奈良国立博物館の見学です。入館後、芸術性溢れる雰囲気の中、学芸員の方の挨拶を受けました。どんな展示物が何処に展示してあるか一目でわかるパンフレットをもらった私がまず足を踏み入れたのは歴史館です。舒明天皇時代から天武天皇時代・元明時代・元正時代・昭和・平成までの歴史年表を見て、日本にも長い歴史があるのだとわかりました。壬申の乱のすさまじさや大仏を作った当時の様子も手に取るようにわかりました。そんな中、私が最も誇らしく思えたのは遣唐使の絵を見たときです。そこには中国唐時代の繁栄と栄光が見事に映し出されており、それを見た瞬間、私の中に何か込み上げてくるものがありました。博物館を後にした私は芸術文化ホールを訪れました。そこでは、日本の伝統的な座り方である正座で話をしました。同じ目線で話をするという経験をしました。中国でも漢時代以前は正座をしていたという歴史があります。思わぬところで中国と日本の文化の共通点を見出しました。また、タッチパネル(非常に興味深い電子機器)でいくつかの日本の昔話を見ましたが、内容も中国の『孟子』に出てくる話と似通っていました。最後に見学した茶道の模擬展示の補足書きから、茶道文化も両国の伝統文化として不可欠なものであることを知り、これらの伝統文化の継承は両国の伝統文化の融合であると感じました。帰国後は両国の伝統文化を伝え、伝統文化の重要性を理解してもらい、さらに発展していけるように伝えていきたいです。 


日本人の細やかさや勤勉さが最も印象的でした。どこに行ってもゴミの分別がされており、ホテルの客室内には緊急用の懐中電灯が備え付けられており、浴室の鏡には曇り止めが施されていました。東京でも奈良でも街中でゴミを目にすることはありませんでした。便座式のトイレは新しいものや古いもの、豪華なものや普通なものなどがありましたが、壊れたものを見かけることはほぼありませんでした。どこにおいても防災設備が整っており、地震を想定した避難所なども見受けられました。目の不自由な方のための点字ブロックをはじめ、障がい者のための施設も整っていました。水道水を直接飲めることや折りたたまれたティッシュなどなど……。また、日本人の気遣いも印象的でした。日本人と歩いている時、彼らはいつも頭を下げて手を伸ばし「お先にどうぞ」と手で合図してくれるのです。日本のサービス業に携わる方々の対応も友好的でした。バスの運転手は荷物の積み込みを手伝ってくれ、お店では店員の親切な対応を受けました。コンビニ内の品揃えも素晴らしく、欲しいもののほぼすべてが手に入るのです。今回の訪日では、従来の日本人に対する私の見方がガラリと変わるほどの大きな衝撃を受けました。帰国後、日本で見聞きしたことを同級生、両親、知り合いなどに伝えることで、日本に対する見方も改善され、両国の民間関係も改善されると思います。 


奈良県社会福祉協議会の訪問で出会った一人の職員が最も印象に残っています。社会福祉施設を見学し、日本の障がい者への社会福祉システムについて一定の知見を得た後、各部屋に数名いる障がい者(入所者)の身の回りの世話をする職員が紹介されました。その中にいた白髪頭の職員との出会いが私にとって忘れられない出来事となりました。その職員がパンフレットを配布し終わった時点で、私の手元には余分なパンフレットが一冊残っていました。私はパンフレットが余ったことをその職員に伝えるため、後ろから日本語で「すみません」と一声かけました。しかし、私の呼びかけには応じてくれなかったため、“私の声が小さかったからだ”と思い、再度大きな声で呼びかけました。それでも、依然として職員の反応はなく、なんとなく嫌な空気が部屋の中に流れました。何を言っても無駄なのだと、私はある種の絶望感に苛まれました。しばらくするとその職員が口を開きました。「アバ、アバ」と手話で自分の言いたいことを伝えてくれないかと手話の分かる同僚に伝えているではありませんか。彼は耳に障害のある職員だったのです。しかし、彼の話しぶりや、いきいきとした眼差しに私は希望を見出しました。本来ならば一人の障がい者として社会福祉のサービスを受けるであろう人が、社会福祉という現場の一線で活躍し、人々の助けとなっているのです。健常者である私が他者のことを省みず、必要とされる人々に手を差し伸べない理由はないことに気づきました。健常者は、少しだけでも行動に移し、世界の社会福祉をよりよくしていくべきではないかと感じた出来事でした。  

ページの先頭に戻る