No.15 力強く、逞しい人たち

写真
雪で押し潰されたハウス中で、被害を免れたホウレン草
の後片づけをするIさん

 

福島県双葉町は、東北の被災地の中でも特異な状況にあると言えます。それは、原発事故で町のほとんどが帰還困難区域になり、未だに帰郷の目途すら立っていないことです。また双葉町は避難に際し、役場ごと県外(埼玉県)へ出た唯一の市町村です。そのため昨年の夏、役場の本部機能は福島(いわき市)へ戻りましたが、なお町民の43パーセントが埼玉県をはじめとする県外に避難しています。避難が長期化する中で、中間貯蔵施設の問題も加わり、町へ帰還しないと考える町民が増えており、今後の町の存続が大きな課題となっています。

私は、双葉町役場産業建設課の埼玉支所に勤務し、主に避難先で農業を再開した人たちの支援を行っています。この活動の過程で起きた一つの出来事を紹介します。

今年2月に「10年に1度」という強い寒波が日本列島に流れ込み、関東から東北の広い範囲で大雪となりました。埼玉県でも秩父などの内陸部では積雪量が1メートル以上に達し、嵐山町で農業を再開したばかりのIさんのハウスもこの豪雪で押し潰されてしまいました(全壊4棟、半壊2棟)。震災と原発事故で郷里を追われ、埼玉で心機一転、農業を再開した矢先、この災害です。何と運の悪い人だろうと思いました。電話にて連絡を受け、車で農場へ向かう道々、「何と慰めれば良いのだろうか? もし農業を断念すると言ったら、引き留めるべきだろうか?」などと思いを巡らし、沈んだ気持ちでした。出迎えてくれたIさんは、徹夜で除雪と後片付けを続け、すっかり疲れ切っている様子でしたが、彼から出た言葉は、「これぐらいで負けてたまるか!農業を辞めるつもりはない!」との強い言葉でした。私は内心ホッとし、逆に元気づけられる思いでした。あれから半年、ハウスの再建も徐々に進み、ホウレン草の生産も軌道に乗っています。

Iさんのように、農業を再開しようとする人たちは避難者の中でも人生に前向きな人が多く、避難先に留まろうとする傾向が強く見られます。ほかの被災者の皆さんにも、彼らに習い「避難先も同じ日本、どこに住もうが大差はない」と強がって、前進してほしく思います。かく言う私も福島県相馬市出身の埼玉県人です。

福島県双葉町配属 福島復興局 復興支援専門員
馬場 淳(S55-1/ケニア/野菜栽培)
 

※当協会広報紙Springboard 2014年12月号からの転載

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