No.4 キラリやまもと! みんなの希望と笑顔が輝くまちへ

かつて宮城県山元町は「東北の湘南」と呼ばれ、比較的気候も穏やかで、森林、畑や果樹園、水田、海に囲まれた自然豊かな美しい町でした。その自然によって、町の姿や生活が一転すると誰が想像したでしょうか。

東日本大震災では、町の面積の約4割が津波被害に遭い、633名の方が尊い命を落とされました。2年9か月たった今でも、788戸の仮設住宅に685世帯の人々が不自由な生活をされています。

復興庁宮城復興局の復興支援専門員として山元町に派遣されて6か月、保健福祉課と被災者支援室に配置され、町民や被災された方と日々接しながら、「復興感」とは何だろうか、自分には何ができるだろうかと考える毎日です。

保育所で行われる避難訓練の様子
保育所では、月に1回定期的に避難訓練を
実施している。繰り返し行うことにより子どもたちも落ち着いて行動できるようになってきた

保健福祉課では、主に役場の職員と共に児童福祉の担当として、被災した保育所の再建計画、保育所の防災マニュアルづくりや子どもたちの防災教育プランづくりに関わっています。山元町は3つあった保育所のうち2つの保育所が被災し、幼い尊い命も失われました。震災後は、旧老人施設を使った環境の悪い仮施設で保育を行っています。町の復興計画の中の子育て拠点整備の一環として保育所を再建する予定ですが、子育て世代の流出や再建資金といった課題の中、一刻も早く、夢広がる新しい保育所を目の前にした子どもたちの笑顔が見たい、二度と同じ悲劇を繰り返さないように災害に強い保育所や保育士を育てたい、そんな気持ちで仕事をしています。

被災者支援室では仮設住宅の支援に関わっていますが、今後は、災害公営住宅の「新しいコミュニティづくり」にも関わっていきたいと思っています。

山元町には宮城県内でいち早く災害公営住宅ができました。「復興元年!」と住民たちも誇らしげです。住民主体のまちづくりを進めるには、さまざまな場所に足を運んで情報を集め、さまざまな立場の人たちをつなぐ事が必要です。そういった意味で、協力隊での経験が役立っていると感じます。山元の人たちと心を一つに、日々前進していきます。

宮城県山元町配属 宮城復興局 復興支援専門員 川池知代
(平成5年度1次隊/コートジボアール/音楽)

※当協会広報紙Springboard 2014年1月号からの転載。データは掲載当時のものです。

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