自治体の国際交流支援に生かす、協力隊経験~釜石市国際交流推進事業(2012年12月20日)

東日本大震災の復興支援がきっかけとなり、当会が派遣する国内協力隊やボランティアの活動の場が広がっています。岩手県では、国際交流事業や異文化理解に、青年海外協力隊経験者の派遣国での生活体験や語学能力が生かされています。

東日本大震災には、世界中から多くの支援が寄せられました。支援やお見舞い、励ましのメッセージを受け取り、お礼などのやりとりを重ねるうちに国際交流の機会が増えています。釜石市では、海外からの問い合わせや視察、取材団などの訪問が以前よりぐっと増えました。そこで、市の要請により、それらの対応や通訳・翻訳業務、国際交流事業の推進、多言語での情報発信などの業務を2012年9月に着任した3名の国内協力隊員が担い、うち2人が協力隊経験者です。隊員らは着任してすぐ、フェイスブックに「釜石市国際交流推進事業」のページを立ち上げ、釜石の復興の様子や市の行事の報告を英語、仏語で発信するほか、姉妹都市のフランス、ディーニュ・レ・バン市からの便りを日本語に翻訳し、市民に紹介しています。

釜石市の姉妹都市、ディーニュ・レ・バン市は、人口約1万7,000人のフランス南部の都市。地質学の宝庫として知られる地域に位置し、アンモナイトの化石が埋まった「アンモナイトの壁」が観光シンボルとなっています。1992年に開かれた「三陸・海の博覧会」で、同市や仏側の技術協力を得て「アンモナイトの壁」剥離標本が展示され、会場では大いに注目を集めました。標本はその後、釜石市で永久保存されることになり、それがきっかけで、1994年に両市は姉妹都市提携を結びました。 

隊員らが机を置くのは、市中心部のビルにあるJOCA釜石拠点。釜石港を一望できる沿岸部に位置するこのビルは、2階部分までが津波で流され、現在もその爪痕が残っていますが、復興関係者が多く入居し、JOCAもその一員として、オフィスを構えています。 

事業所があるビル
JOCA釜石事業所があるビル

市内の様子
津波で被災した地域

釜石の市街地には槌音(つちおと)が響き、重機が動き回る音があちこちから聞こえ、復興が進みつつあるように見えます。生活と活動の拠点となった釜石について、高橋香奈子隊員(21-3・マダガスカル・エイズ対策)は、「事務所の近くは、被災した建物が撤去されて更地になりつつあります。復興が進んでいるように見えますが、実際はごく一部。被災者の方々は住居や仕事など多くの問題も抱え、本当の意味での復興にはまだまだ時間がかかると感じます」と話します。

高橋隊員は、マダガスカルでの隊員時代、「青年の家」のピアエデュケーター(20歳前後の啓発担当者たち)と共にエイズ予防啓発活動に携わっていました。また、同僚の岩田いづみ隊員(21-4・マラウイ・青少年活動)は、音楽や体育など小学校の情操教育科目の授業の質の向上支援や教師への技術向上にあたった経験があります。

一方、釜石は「ラグビーのまち」として知られています。そこで、同じようにラグビーが盛んなニュージーランドと交流を図ろうと、釜石市国際交流推進事業は、釜石とニュージーランドの子どもたちの交流をサポート。インターネット電話「スカイプ」を使い、英語でコミュニケーションを図る会を週2回開いているほか、ニュージーランドへの訪問などを予定した「かまいしブリッジプログラム」のプログラム作成などを担っています。

 「これからは子どもたちに気軽に英語に親しんでもらえるよう、楽しい学びと交流の場を提供し、同時に、海外にも目を向け、グローバルな視点で物事を見られる人材の育成につながる企画をつくりたい」。協力隊で培った語学や異文化生活体験が、釜石の街に還元されています。

釜石市国際交流推進事業フェイスブックページ

釜石と世界をつなぐ「橋」になってほしい~ニュージーランドの高校生とオンラインで交流(2013年2月7日掲載 ボランティアブログより)

ページの先頭に戻る